そして終わらない悪夢 -エンドレスナイトメア-
-Ω1-
私、来ヶ谷唯湖は夢を見ている。
これは明晰夢というやつだな。
「ゆいちゃ〜ん」
「なんだ小毬君」
向こうからやってきたのは小毬君。ちなみに呼び方はもう諦めた。
「ほらほら〜筋肉筋肉〜」
「ブッ!?こ、小毬君…」
な、なんだ?何故小毬君が筋肉などと…
「ほあちゃ〜」
気の抜ける掛け声だが、言葉とともに小毬君の服の袖は裂け、逞しい腕が披露された。
「こ!?小毬君がとんでもない筋肉質に…っ!!」
「くるがや」
戦慄する私の背後からかかる声…この声は!
「り、鈴君!?小毬君がとんでもないこと…に…」
「筋肉だ」
そこにいたのは腕を組みながら威風堂々と立つマッチョな鈴君…
「ぐ…なんだと…」
どうしたことだこれは!?
「わふーっ!筋肉筋肉なのですーっ!!」
「ぐはっ…マッチョなクドリャフカ君だと…」
あのサイズで真人少年のような筋肉を備えたクドリャフカ君はもはや私の範疇外だった。
「姉御姉御ーっ!はるちんのこのむっちゃマッチョな筋肉を見てくださいヨほらほら」
と、顔は飛び切りの笑顔で…だがボディビルダーのような体でポーズをとる葉留佳君。
「は、葉留佳君まで…」
「葉留佳の筋肉…素晴らしいわ。私も負けないように筋肉しないと」
「佳奈多君…」
おもむろに生卵を飲み干し筋トレを始めたマッチョな佳奈多君。
「おーっほっほっほ!わたくしの筋肉に勝る筋肉などおりませんわ!」
「さ、佐々美君…」
お嬢笑いのポーズで、だがやはりこれまたマッチョな佐々美君。
い、いかん…この私が震えているっ?これが…恐怖かっ!?
「ほら〜ゆいちゃんも一緒に筋肉筋肉ぅ〜」
「「筋肉筋肉ぅ〜」」
小毬君、鈴君、佐々美君が…
「「「筋肉イェイイェーイ!」」」
クドリャフカ君、葉留佳君、佳奈多君が…
「う…こ、こんな…うぁぁぁぁっ!?」
恐怖という感情の対価はとても高かった、と最後に記させてもらう。
―――
-Ω2-
「沙耶、沙耶に僕の全てを見てほしいんだ」
「理樹君…うん」
ついに、ついにこの時がきたのね!!少し恥ずかしいけど…全然OKばっちこいよ理樹君!!
理樹君はおもむろに上半身裸になると…
「ほら見てよこの筋肉!真人と筋肉してたらこんな立派になったんだよ!」
「…え?」
やけに立派な筋肉を見せ付けてきた。
「腕も…脚も…でも一番はこの背筋かな?どう?僕の背筋が語りかけてこない?一緒に筋肉しようってさ」
「ぅ…ぅぁ…」
あまりに立派すぎるその筋肉にあたしは思わず後退りしていた。ってか恐すぎるわよっ!!
「さぁみんな出番だよ!」
「み、みんな!?」
な、なに?まだ誰か来るっていうの?
「待たせたな。さぁ、俺の筋肉を見ろ」
「と、時風!?」
現れたのは例の仮面をつけた…でも真人君みたいに筋肉質になってしまった時風瞬。
「うまうー、筋肉が喜びに打ち震えている」
「斉藤!?」
いつものマスクをつけた斉藤はまるで謙吾君のように筋肉質で…
「「「「「…っ!」」」」」
「闇の執行部まで!?なに?これなんなのよ!?」
更には時風の部下達まで不必要にマッチョでポーズまで…
「朱鷺戸さん、筋肉って素晴らしいですっ」
「ってあの中身古河先輩だったの!?」
筋肉質な古河先輩鬼怖いわっ!!
「ことみと一緒に筋肉のお勉強をしましょう」
「ことみ先輩!?」
いつものおっとりした口調で、でも筋肉で張り裂けんばかりの水着姿のことみ先輩。
「お姉ちゃん、筋肉も悪くないね」
「そうね。これなら智代にも負けないわ」
「椋先輩に杏先輩までマッチョ!?」
朗らかに笑う椋先輩とにやりと笑う杏先輩は鏡写しのようなマッチョ!!
「朱鷺戸、お前も一緒に筋肉しないか?って、恥ずかしいなこの台詞」
「うんがーっ!!マッチョな坂上が頬染めてるぅ!?」
頬を赤く染め、こちらをちらちら見る坂上のその腕はあたしの腰くらいあるだろうか…
『しゃら〜ら〜ら〜ら〜ら〜う〜あ〜』
「なんか変なBGM流れてきた!?」
やめてっ!?今一番聞きたくないわよこの曲!!
「さぁ、沙耶も筋肉でえくすたしーを感じて」
理樹君が笑顔で大胸筋をぴくぴくさせながら近づいて…くる…っ!?
「そんなえくすたしーはイヤァァァァッ!?」
「「「レッツ筋肉!!」」」
理樹君が、時風が、斉藤が…っ!!
「「筋肉イェイイェーイ!!」」
杏先輩が、坂上が…!!
「「「筋肉筋肉〜」」」
古河先輩が、ことみ先輩が、椋先輩がポーズを決めて笑顔でこっち来たーっ!?
「助けてーっ!?」
逃げ出すあたし。恥も外聞もない。だって恐すぎるわよアレ!!
「風子…参上。お困りのようですね?風子が助けてあげましょう」
どこからともなく現れた風子ちゃんは筋肉質ではなかった。
「本当!?」
「これをどうぞ」
いつもの星の形をした物を渡された。でもサイズが段違いだった。
「な、なにこれ?またヒトデ?」
それにしてもあたしの顔より大きいわこれ。
「実は…筋肉です」
「きょげーっ!?」
世界の中心で叫んだあたし。
だけど助けは来ない…
だってすぐに筋肉に押し潰されてしまったのだから。
―――
-Ω3-
「ぐ…」
歩きながら時折辛そうにする来ヶ谷唯湖。そこへ
「あら…来ヶ谷さん辛そうじゃない…」
寝不足の顔をした朱鷺戸沙耶がやってきた。
「そう言う沙耶君もな」
「恐ろしい夢を見たのよ」
思い出したのか、体を震わせる沙耶。
「奇遇だな…私もだ」
こちらも思い出したのか渋面をつくる唯湖。
「へぇ…来ヶ谷さんにも怖いものがあるのね」
沙耶は意外なものを見るような目で唯湖を見る。
「全員が真人少年のような筋肉ボディになった女子メンバーから迫られてみろ…う」
なんとかして忘れようと唯湖は首を振る。
「うわ…あ、でも私のも似てるかも。真人君みたいに筋肉質になった理樹君と棗恭介が胸をぴくぴく動かしながら筋肉しようって…演劇部の人も一緒に…うわ思い出しちゃったぁっ!?」
もはや発狂寸前の沙耶。
「それはきついな…」
思わず筋肉質な理樹をイメージしてしまった唯湖も多大なダメージを受けていた。
「お?なんだお前ら、朝からそんな面してよ」
横合いから話し掛けてきたのはリトルバスターズの誇るミスター筋肉、井ノ原真人であった。
「う…真人少年か」
「うわ…真人君だ…」
げんなりしながら真人を見る二人。
「なんでいきなりそんな嫌がられてんだオレは!?」
ショックを受ける真人ではあるが、二人の態度はやむなしとも言えるだろう。
「…真人少年、直接恨みはないが私達の為に滅びてくれ」
「あァ?」
「先に謝るわ。ごめんなさい」
「お、お前ら、なんか目がヤバイぞ?オレなんかしたかっ!?」
真人は何もしていない。その立派な筋肉が夢を思い出させるのだ。それはつまり二人の少女にとって悪だった。
「うるさい…消え失せろ筋肉っ!!」
「消し飛びなさい!!」
「ギャァァァァッ!?」
かくして、朝から一つの星が生まれたのだった。
―――
-Ω4-
そんな真人をのぞき見る姿があった。
「安らかに眠れ…真人」
棗恭介。
「お前の事は忘れないぜ、勇者井ノ原」
岡崎朋也である。
「歯には歯を目には目を、夢には夢をか」
「しかも大量の筋肉…俺達の台本よりエグいな」
二人はこの際真人になんの非もないことはスルーしている。
「そうですね」
二人の会話に加わったのはシナリオ担当の西園美魚である。
「西園、おはよう」
「おはよう西園」
「おはようございますお二人とも。復讐は上手くいきました」
どこか清々しさを感じさせる笑みを浮かべる美魚。
「そうみたいだな。おかげで真人が星になった」
と、肩をすくめながら恭介。
「そのようですね。来ヶ谷さんには女子メンバーがマッチョになってしまう悪夢、朱鷺戸さんにはマッチョな直枝さんに迫られる悪夢…トラウマものです」
淡々と語る美魚を見て
「西園…恐ろしい奴だ」
「同感だ」
恭介と朋也は美魚は敵にはすまいと心に誓ったのだった。
―――
-Epilogue-
「あっははー。朋也と恭介出演のBLCD!しかも美魚書き下ろしのまさかの朋也×恭介本まで!!ちょっと手伝っただけでいいもん貰ったわ!」
坂を登りながらも上機嫌な藤林杏の鞄には今回の報酬がどっさり入っている。
「私にも見せてよ?お姉ちゃん」
「もちろんよ」
双子の妹の椋の言葉にもサムズアップで応える。
「でも私としては逆の方が好みかも…」
思案しながら椋。
「そう?恭介は余裕ある態度で誘い受けって感じがしない?」
「そうかな…余裕があるからこそ直枝君を鬼畜責めとか合うと思うんだけどなぁ…」
双子だからと全てが同じなわけがなく、最近はこうして色々と談議する二人。
「ご機嫌な話題で盛り上がってるな、二人とも」
話に熱中していた二人にかかる声。
「と、朋也!?恭介も!?」
「あ、あわわわわ…」
恭介と朋也であった。しかし
「まぁ…ほどほどにな」
「「え?」」
「正直、BLと筋肉って言葉は当分聞きたくない」
「俺もだ…どんな趣味を持っててもいいが、せめて聞こえないとこで頼む」
今回の件で疲れきったのか狼狽する杏と椋を追求しない恭介と朋也。
「え、えぇ…」
「わかりました…」
「じゃあ俺は理樹達のとこに行くからまたな」
足早に去って行く恭介。
「あぁ。俺達も行くか」
恭介を見送ると、朋也は二人に先んじて歩き始めた。
「そうね、ほら、椋もいつまでも恥ずかしがってないで」
半ばヤケになっている杏と
「う、うん」
やはり中々割り切れない椋。
「あんま気にすんなよ。聞いてないことにするからさ」
朋也は笑って椋の頭にポンッと手を置いた。
「は、はい…すみません岡崎君」
そんな朋也の行為に椋は耳まで赤くする。
「謝るなよ」
「そうそう」
朋也に追従する杏であったが、
「お前は謝れ。あの鳥肌は芝居だったのかよ」
朋也は騙したのかと言わんばかりの視線を杏にぶつけた。
「あれは本当よ。だってあれはBLというよりもギャグじゃない。…あんな朋也見たくないし」
最後は思わず小声になってしまう杏。
「あ?最後がよく聞こえなかったんだが」
「なんでもないわよ」
そっぽを向く杏の顔が赤くなっているのには朋也は気づけなかった。
「そうかよ。藤林、どうかしたのか?なんか顔色悪くないか?」
心配そうに椋の顔を覗き込む朋也。
「え?…あ、あの…」
「ん?」
「ご、ごめんなさいっ」
慌てふためいていた椋は頭を下げると
「え?あ、おいっ!?」
「椋!?」
かつてない速度で逃げ出してしまった。
・・・・・・・・・
「今更言えないよ…岡崎君達にアレ聞かせたの私だなんて…あぁ…どうしよう…」
ちょっとした悪戯のつもりだった。
来ヶ谷達から美魚による朗読のデータを貰い受けた椋はスヤスヤと眠る朋也と恭介を見て思ってしまったのだ。
この二人は多くの女子生徒に想われているのに何故応えようとしないのか。もしかして本当にそっちの人?と。
結果待っていたのは無実の被害者続出の悲惨な復讐劇だった。
「はぁ…」
彼女はまだ知らない。
これから我が身に降り懸かる不幸を。
「どうしよ…美魚ちゃんにも謝らないと…」
彼女はまだ知らない。
二年の教室で西園美魚が不敵な笑みを浮かべていることを。
そして…悪夢はまだ終わらない。
-END・・・?-
私、来ヶ谷唯湖は夢を見ている。
これは明晰夢というやつだな。
「ゆいちゃ〜ん」
「なんだ小毬君」
向こうからやってきたのは小毬君。ちなみに呼び方はもう諦めた。
「ほらほら〜筋肉筋肉〜」
「ブッ!?こ、小毬君…」
な、なんだ?何故小毬君が筋肉などと…
「ほあちゃ〜」
気の抜ける掛け声だが、言葉とともに小毬君の服の袖は裂け、逞しい腕が披露された。
「こ!?小毬君がとんでもない筋肉質に…っ!!」
「くるがや」
戦慄する私の背後からかかる声…この声は!
「り、鈴君!?小毬君がとんでもないこと…に…」
「筋肉だ」
そこにいたのは腕を組みながら威風堂々と立つマッチョな鈴君…
「ぐ…なんだと…」
どうしたことだこれは!?
「わふーっ!筋肉筋肉なのですーっ!!」
「ぐはっ…マッチョなクドリャフカ君だと…」
あのサイズで真人少年のような筋肉を備えたクドリャフカ君はもはや私の範疇外だった。
「姉御姉御ーっ!はるちんのこのむっちゃマッチョな筋肉を見てくださいヨほらほら」
と、顔は飛び切りの笑顔で…だがボディビルダーのような体でポーズをとる葉留佳君。
「は、葉留佳君まで…」
「葉留佳の筋肉…素晴らしいわ。私も負けないように筋肉しないと」
「佳奈多君…」
おもむろに生卵を飲み干し筋トレを始めたマッチョな佳奈多君。
「おーっほっほっほ!わたくしの筋肉に勝る筋肉などおりませんわ!」
「さ、佐々美君…」
お嬢笑いのポーズで、だがやはりこれまたマッチョな佐々美君。
い、いかん…この私が震えているっ?これが…恐怖かっ!?
「ほら〜ゆいちゃんも一緒に筋肉筋肉ぅ〜」
「「筋肉筋肉ぅ〜」」
小毬君、鈴君、佐々美君が…
「「「筋肉イェイイェーイ!」」」
クドリャフカ君、葉留佳君、佳奈多君が…
「う…こ、こんな…うぁぁぁぁっ!?」
恐怖という感情の対価はとても高かった、と最後に記させてもらう。
―――
-Ω2-
「沙耶、沙耶に僕の全てを見てほしいんだ」
「理樹君…うん」
ついに、ついにこの時がきたのね!!少し恥ずかしいけど…全然OKばっちこいよ理樹君!!
理樹君はおもむろに上半身裸になると…
「ほら見てよこの筋肉!真人と筋肉してたらこんな立派になったんだよ!」
「…え?」
やけに立派な筋肉を見せ付けてきた。
「腕も…脚も…でも一番はこの背筋かな?どう?僕の背筋が語りかけてこない?一緒に筋肉しようってさ」
「ぅ…ぅぁ…」
あまりに立派すぎるその筋肉にあたしは思わず後退りしていた。ってか恐すぎるわよっ!!
「さぁみんな出番だよ!」
「み、みんな!?」
な、なに?まだ誰か来るっていうの?
「待たせたな。さぁ、俺の筋肉を見ろ」
「と、時風!?」
現れたのは例の仮面をつけた…でも真人君みたいに筋肉質になってしまった時風瞬。
「うまうー、筋肉が喜びに打ち震えている」
「斉藤!?」
いつものマスクをつけた斉藤はまるで謙吾君のように筋肉質で…
「「「「「…っ!」」」」」
「闇の執行部まで!?なに?これなんなのよ!?」
更には時風の部下達まで不必要にマッチョでポーズまで…
「朱鷺戸さん、筋肉って素晴らしいですっ」
「ってあの中身古河先輩だったの!?」
筋肉質な古河先輩鬼怖いわっ!!
「ことみと一緒に筋肉のお勉強をしましょう」
「ことみ先輩!?」
いつものおっとりした口調で、でも筋肉で張り裂けんばかりの水着姿のことみ先輩。
「お姉ちゃん、筋肉も悪くないね」
「そうね。これなら智代にも負けないわ」
「椋先輩に杏先輩までマッチョ!?」
朗らかに笑う椋先輩とにやりと笑う杏先輩は鏡写しのようなマッチョ!!
「朱鷺戸、お前も一緒に筋肉しないか?って、恥ずかしいなこの台詞」
「うんがーっ!!マッチョな坂上が頬染めてるぅ!?」
頬を赤く染め、こちらをちらちら見る坂上のその腕はあたしの腰くらいあるだろうか…
『しゃら〜ら〜ら〜ら〜ら〜う〜あ〜』
「なんか変なBGM流れてきた!?」
やめてっ!?今一番聞きたくないわよこの曲!!
「さぁ、沙耶も筋肉でえくすたしーを感じて」
理樹君が笑顔で大胸筋をぴくぴくさせながら近づいて…くる…っ!?
「そんなえくすたしーはイヤァァァァッ!?」
「「「レッツ筋肉!!」」」
理樹君が、時風が、斉藤が…っ!!
「「筋肉イェイイェーイ!!」」
杏先輩が、坂上が…!!
「「「筋肉筋肉〜」」」
古河先輩が、ことみ先輩が、椋先輩がポーズを決めて笑顔でこっち来たーっ!?
「助けてーっ!?」
逃げ出すあたし。恥も外聞もない。だって恐すぎるわよアレ!!
「風子…参上。お困りのようですね?風子が助けてあげましょう」
どこからともなく現れた風子ちゃんは筋肉質ではなかった。
「本当!?」
「これをどうぞ」
いつもの星の形をした物を渡された。でもサイズが段違いだった。
「な、なにこれ?またヒトデ?」
それにしてもあたしの顔より大きいわこれ。
「実は…筋肉です」
「きょげーっ!?」
世界の中心で叫んだあたし。
だけど助けは来ない…
だってすぐに筋肉に押し潰されてしまったのだから。
―――
-Ω3-
「ぐ…」
歩きながら時折辛そうにする来ヶ谷唯湖。そこへ
「あら…来ヶ谷さん辛そうじゃない…」
寝不足の顔をした朱鷺戸沙耶がやってきた。
「そう言う沙耶君もな」
「恐ろしい夢を見たのよ」
思い出したのか、体を震わせる沙耶。
「奇遇だな…私もだ」
こちらも思い出したのか渋面をつくる唯湖。
「へぇ…来ヶ谷さんにも怖いものがあるのね」
沙耶は意外なものを見るような目で唯湖を見る。
「全員が真人少年のような筋肉ボディになった女子メンバーから迫られてみろ…う」
なんとかして忘れようと唯湖は首を振る。
「うわ…あ、でも私のも似てるかも。真人君みたいに筋肉質になった理樹君と棗恭介が胸をぴくぴく動かしながら筋肉しようって…演劇部の人も一緒に…うわ思い出しちゃったぁっ!?」
もはや発狂寸前の沙耶。
「それはきついな…」
思わず筋肉質な理樹をイメージしてしまった唯湖も多大なダメージを受けていた。
「お?なんだお前ら、朝からそんな面してよ」
横合いから話し掛けてきたのはリトルバスターズの誇るミスター筋肉、井ノ原真人であった。
「う…真人少年か」
「うわ…真人君だ…」
げんなりしながら真人を見る二人。
「なんでいきなりそんな嫌がられてんだオレは!?」
ショックを受ける真人ではあるが、二人の態度はやむなしとも言えるだろう。
「…真人少年、直接恨みはないが私達の為に滅びてくれ」
「あァ?」
「先に謝るわ。ごめんなさい」
「お、お前ら、なんか目がヤバイぞ?オレなんかしたかっ!?」
真人は何もしていない。その立派な筋肉が夢を思い出させるのだ。それはつまり二人の少女にとって悪だった。
「うるさい…消え失せろ筋肉っ!!」
「消し飛びなさい!!」
「ギャァァァァッ!?」
かくして、朝から一つの星が生まれたのだった。
―――
-Ω4-
そんな真人をのぞき見る姿があった。
「安らかに眠れ…真人」
棗恭介。
「お前の事は忘れないぜ、勇者井ノ原」
岡崎朋也である。
「歯には歯を目には目を、夢には夢をか」
「しかも大量の筋肉…俺達の台本よりエグいな」
二人はこの際真人になんの非もないことはスルーしている。
「そうですね」
二人の会話に加わったのはシナリオ担当の西園美魚である。
「西園、おはよう」
「おはよう西園」
「おはようございますお二人とも。復讐は上手くいきました」
どこか清々しさを感じさせる笑みを浮かべる美魚。
「そうみたいだな。おかげで真人が星になった」
と、肩をすくめながら恭介。
「そのようですね。来ヶ谷さんには女子メンバーがマッチョになってしまう悪夢、朱鷺戸さんにはマッチョな直枝さんに迫られる悪夢…トラウマものです」
淡々と語る美魚を見て
「西園…恐ろしい奴だ」
「同感だ」
恭介と朋也は美魚は敵にはすまいと心に誓ったのだった。
―――
-Epilogue-
「あっははー。朋也と恭介出演のBLCD!しかも美魚書き下ろしのまさかの朋也×恭介本まで!!ちょっと手伝っただけでいいもん貰ったわ!」
坂を登りながらも上機嫌な藤林杏の鞄には今回の報酬がどっさり入っている。
「私にも見せてよ?お姉ちゃん」
「もちろんよ」
双子の妹の椋の言葉にもサムズアップで応える。
「でも私としては逆の方が好みかも…」
思案しながら椋。
「そう?恭介は余裕ある態度で誘い受けって感じがしない?」
「そうかな…余裕があるからこそ直枝君を鬼畜責めとか合うと思うんだけどなぁ…」
双子だからと全てが同じなわけがなく、最近はこうして色々と談議する二人。
「ご機嫌な話題で盛り上がってるな、二人とも」
話に熱中していた二人にかかる声。
「と、朋也!?恭介も!?」
「あ、あわわわわ…」
恭介と朋也であった。しかし
「まぁ…ほどほどにな」
「「え?」」
「正直、BLと筋肉って言葉は当分聞きたくない」
「俺もだ…どんな趣味を持っててもいいが、せめて聞こえないとこで頼む」
今回の件で疲れきったのか狼狽する杏と椋を追求しない恭介と朋也。
「え、えぇ…」
「わかりました…」
「じゃあ俺は理樹達のとこに行くからまたな」
足早に去って行く恭介。
「あぁ。俺達も行くか」
恭介を見送ると、朋也は二人に先んじて歩き始めた。
「そうね、ほら、椋もいつまでも恥ずかしがってないで」
半ばヤケになっている杏と
「う、うん」
やはり中々割り切れない椋。
「あんま気にすんなよ。聞いてないことにするからさ」
朋也は笑って椋の頭にポンッと手を置いた。
「は、はい…すみません岡崎君」
そんな朋也の行為に椋は耳まで赤くする。
「謝るなよ」
「そうそう」
朋也に追従する杏であったが、
「お前は謝れ。あの鳥肌は芝居だったのかよ」
朋也は騙したのかと言わんばかりの視線を杏にぶつけた。
「あれは本当よ。だってあれはBLというよりもギャグじゃない。…あんな朋也見たくないし」
最後は思わず小声になってしまう杏。
「あ?最後がよく聞こえなかったんだが」
「なんでもないわよ」
そっぽを向く杏の顔が赤くなっているのには朋也は気づけなかった。
「そうかよ。藤林、どうかしたのか?なんか顔色悪くないか?」
心配そうに椋の顔を覗き込む朋也。
「え?…あ、あの…」
「ん?」
「ご、ごめんなさいっ」
慌てふためいていた椋は頭を下げると
「え?あ、おいっ!?」
「椋!?」
かつてない速度で逃げ出してしまった。
・・・・・・・・・
「今更言えないよ…岡崎君達にアレ聞かせたの私だなんて…あぁ…どうしよう…」
ちょっとした悪戯のつもりだった。
来ヶ谷達から美魚による朗読のデータを貰い受けた椋はスヤスヤと眠る朋也と恭介を見て思ってしまったのだ。
この二人は多くの女子生徒に想われているのに何故応えようとしないのか。もしかして本当にそっちの人?と。
結果待っていたのは無実の被害者続出の悲惨な復讐劇だった。
「はぁ…」
彼女はまだ知らない。
これから我が身に降り懸かる不幸を。
「どうしよ…美魚ちゃんにも謝らないと…」
彼女はまだ知らない。
二年の教室で西園美魚が不敵な笑みを浮かべていることを。
そして…悪夢はまだ終わらない。
-END・・・?-
09/11/11 16:34更新 / ナハト