Summer_Night_Snow
君はいたんだ。
確かに、君はいたんだ。
私のそばで、私の隣で君は…『冷たい温もり』を確かに私に与えてくれたんだ。
〜
寝苦しい日でした。
世間ではスーパー熱帯夜と呼ぶそうです。
ちょっとカッコ悪いというか…
家族は寝るときも冷房を使うように言っていたのですが、私は冷房が苦手だったので氷枕を使っていました。
しかし、後に知った事ですがこの日は特別暑かったらしく、私は全く寝付けませんでした。
部屋の冷房に思わず目が行きます。
口うるさい兄が言うには寝るときにかける冷房の温度は28度でタイマーは使わない、冷え症を考慮してちゃんと靴下を履き、お腹も出さない…だそうです。
どうしようかと悩みながら、喉の渇きに気がついた私は近くに置いておいたお茶を凍らせたペットボトルを手に取り
「…そうだ、全部飲んじゃったんだ」
熱帯夜のせいか、お茶は短時間で液体に戻り、全て飲んでいたのです。
…無性に喉が渇きます。
私はけだるい体を引きずるように、部屋を出て冷蔵庫のあるキッチンへと向かったのです。
〜
喉の渇きを癒した私は、トイレも済ませて部屋に戻りました。
キッチンやトイレの暑さに辟易とした私は、冷房をつけようと心に誓い、兄の言う事を聞くようでなんですが靴下を履いてベッドへ向かい
「…あれ?」
掛け布団がこんもりとしています。
兄がわざわざ何か悪戯したのかと、その程度にしか考えずに私は布団をはぎとりました。
「…え?」
そこには…
「やぁ!待ってたよ!」
雪だるまがいました。
「快適な眠りをあなたに届けに参りました!」
「???」
最近の雪だるまは流暢な日本語を話すみたいです。
「ヘイ!ボクのことは気軽にゆっきーとかゆきちゃんとか呼んでくれぃ!」
「あぁご丁寧にありがとうございます。私は…」
気さくな雪だるまさんに私は挨拶を返し…ちょっと待って私。いくらなんでもおかしいから。
「…あの、どちら様でしょうか?」
新発見です。驚きすぎると、逆に冷静になれるみたいです。
「雪だるまのゆっきーちゃんだっゼ!」
「混ざってる…」
「あー、もしかしてもしかすると…覚えてない?」
雪だるまさんがΣ( ̄□ ̄)こんな顔してます。
「なにがですか?」
でも私には、雪だるまの知り合いはいないです。
多分、そんな人は他にもいないと思います。
「寂しいぜ、ガール…あっしはガールが去年の冬に作ってくれた雪だるまの精霊なんだよ?」
今度は(T△T)こんな顔をしています。
「…?」
ですがそれより気になったのは、この雪だるまはなんでこんな喋り方をしてるんでしょうか?
「ちょいと!なんか喋り方がル○大柴みたいでオリジナリティなくね?みたいな顔してないで!もっとこう…ほら!え?精霊!?マジで!?みたいな反応をさぁっ!」
「急にそんなことを言われても…」
凄いです。
凄いわがままです。
「…驚かないなら、驚かせてみせよう、ほととぎす!見ていてください、私の変身!」
字余り甚だしい川柳のあとに、変身と言い出した雪だるまさん。
ちなみに季語が入るのが俳句、そうでないのが川柳です。
「はぁぁ…変身っ!」
ぼーっと眺めていた私でしたが、その変身の光景には思わず…
「きゃっ…」
悲鳴を上げてしまいました。
だって…
「とりゃっ」
雪だるまさんの胴体から人間のような腕が、足が…そして
「装甲排除(アーマーパージ)っ!!」
雪だるまさんが弾けとびました!?
思わず目を閉じてしまった私でしたが…
「ヘイッ!いつまで目を閉じてる気だい、子猫ちゃん?」
雪だるまさんからの呼びかけに恐る恐る目を開きました…そこには!
「どうだい?中々イケてると思うんだけど?」
雪のように白い肌と、それを敢えて隠してしまう黒ロリファッションの融合…
「ほれほれ、この白ニーソに包まれた足を見よ!さらにさらに、髪型はツインテールだこの野郎!」
胸の奥がキュンとして、鼻の奥がツンとしました。
…これが、恋?
「綺麗です可愛いです最高です究極ですぅ〜♪」
私は我慢出来ずに抱き着いてしまいました。
「おわっ、なんかいきなりキャラ変貌!?」
「ふわぁ…雪だるまさん、冷たくて気持ちいいです〜。略してきもい〜」
「意味が反転した!?」
素晴らしい抱き心地ですよ雪だるまさんは!
ひんやりとした肌はスベスベで、なんだか良い香りもしてます。
「…『まさに、虜になる抱き心地』ですね」
「大丈夫!?いきなりキャラおかしくなってる気がするよ!?」
「そんなことないです」
雪だるまさんの可愛いらしさを評価しているだけなんです。
「ま、まぁいいや。ともかく、今日は凄く暑くて寝苦しいだろうから助けに来たんだよね、ボク」
「助けに…?」
「そうさ。気まぐれだったかもしれないけどさ、キミはボクに形を与えてくれた、命をくれたんだ。だからそのお礼」
「そんな…」
私は雪だるまを作ったことすら忘れていたのに…
「気にしないでいいよ。だって、添い寝くらいしかしてあげられないもん」
「そ、添い寝…!」
ナーバスな気持ちが吹き飛びました。
こんな綺麗で可愛いお姉さんと添い寝!
「大丈夫?テンション上がりまくり?」
「ひゃいっ!」
「あはは。ほら、落ち着いて落ち着いて」
「ぁ…」
私をあやすように、雪だるまさんは私を抱きしめて頭を撫でてくれました。
「ん…」
「気持ちいい?」
「はぃ…きもぃです…」
「それはもういいから」
「えへへ」
ほんわかとした空気が私達を包んでいるようで、私は
「ふぁ…」
寝ようとしていたことを思い出しました。
「よしよし、それじゃ寝ちゃおうか?」
「でも…雪だるまさんともっとお話…」
雪だるまさんに支えられながら、私達は一緒に布団に入りました。
「大丈夫だよ」
雪だるまさんがさっきみたいに私を…さっきより強くギュッてしてくれました。
「世界はぐるぐると回っているんだよ。だから夏が過ぎれば秋がきて、冬を越えて春になる」
雪だるまさんの言葉が私の耳を打ち、心に染み込みます。
「ボクを…私を忘れないで。そしたら、また…会えるからね?」
「…ぅん」
いけません。
眠気が…意識が…
「おやすみ…また今度の冬に、ね?――――」
意識が途切れる寸前、私は雪だるまさんに名前を呼ばれた気がして…額に冷たい、でもどこか温もりのある感触を感じて…
〜
「…んぁ?」
目覚めの時間。
私は目覚ましよりも少し早く起きました。
「…あれ?」
なんでしょうか…何かが引っ掛かって…
「あ!雪だるまさん!」
思い出した!
私は夕べ雪だるまさんと一緒に寝て…
「ぁ…」
隣には…誰もいません。
何も…ありません。
「…」
夢…だったのかな?
でも…
それなら…
「…うぅ」
なんでこんなに悲しいんでしょうか?
どうしてこんなに胸が締め付けられるように痛いんでしょうか?
「ぁ…」
泣いていた私でしたが、ふと気がつきました。
「…」
それは、布団に残る雪だるまさんの『冷たい温もり』…そして、額に感じる雪だるまさんの…
「夢…じゃない」
彼女は、確かにここにいたのです。
彼女は、ただの気まぐれで作られたはずの彼女は、私に最高の奇跡を届けてくれたのです。
「…うん!」
今年、雪が降るかはわかりません。
でも…きっと…
「また、会おうね?」
私は誰もいない、何もいない…けれど、確かにそこに彼女がいた証明である『冷たい温もり』に触れながら、微笑んでいました。
〜
君はいたんだ。
確かに、君はいたんだ。
私のそばで、私の隣で君は…『冷たい温もり』を確かに私に与えてくれたんだ。
願わくば…
私との出会いが君にとっての幸せでありますように。
君との出会いが私の幸せであったように。
―冬がまた訪れる―
―君との出会いの季節―
―そして―
「…久しぶり、だね?」
「そうだね、元気してたかい?」
―ひと夏の、一夜限りの奇跡を、また君と―
10/09/09 12:59更新 / ナハト