前編
時は戦国、世は乱世。
鉄風雷火吹き荒び、数多の英傑が覇を競い合い、そして消えて行ったこの時代。
後に剣豪と名を残す、ふたりの男が産まれ落ちる。
一方の名を、『小次郎』
身の丈程もある長刀を自在に操り無敗を謳われる剣士である。
一方の名を『武蔵』
二刀の刃をもって並み居る強者を打ち破り、同じく無敗を謳われる剣士である。
小次郎と武蔵。
奇しくも同じ国、同じ時代に生まれ。
共に剣を執り、名を挙げた男ふたりが雌雄を決すは、もはや必然であったのかもしれない。
そして――ついに来るべき時が訪れた。
小次郎は武蔵との決闘に臨むべく、船島(巌流島)にて只ひたすらに武蔵を待ち臨んでいた。
「ええい、遅いぞ武蔵っ!」
決闘に臨むべく、いち早く船島へと発った小次郎であったが、待てども待てども武蔵の姿は現れず次第に苛立ちを顕にしだしていた。
「おのれ……臆したかッ!? 武蔵!」
今だ現れぬ宿敵を求め視界に写る水平を睨み付けるも、武蔵は一向に現れなかった。
【2時間後】
「……マジで遅ぇ…」
正直この展開は小次郎にとっても予想外であった。
いくら学生時代は遅刻常習犯で生活指導のゴリ島に目の敵にされていた武蔵とはいえ、流石に一時間以内には来るだろうと思っていた小次郎であったが、武蔵はものの見事に期待をすっぽかしていまだに音沙汰無しのままであった。
――ああそういえば。
前に武蔵が遅刻の理由を説明する際に突然「昨日は小次郎の家で夜遅くまで遊んでましたーすいませんでしたー」とか言い出したせいで自分まで廊下に立たされたて反省文も書かされたなんてこともあったなー、などと学生時代の嫌な記憶を思いだして軽く鬱になる小次郎であった。
「……まさか」
ふと不安に思い、胸ポッケから愛用の手帳を取り出す小次郎。
今日の予定の項目を開くとしっかり【午後1時から武蔵と決闘】と書かれているのを確認しひと安心する。
「むっ……夕方から武田商店でお肉のタイムサービスか…」
小次郎は細かいお金をやたら気にする男であった。
ちなみに武田商店で食材を買い揃えた後、商店街の今川焼きを頬張りながら帰宅するのが小次郎のお決まりコースである。
「……しかし武蔵め…っ」
予定帳に書かれていた以上、小次郎に失態は無い。
これは単に武蔵が遅刻なり忘れるなりをした結果である。
「おのれ武蔵ぃ!…………後2時間待って来なかったら帰るっ!!」
そう言い放つと小次郎はその場にどっかと座り込む。
――しかしこの小次郎、やたらと付き合いのいい男である。
【3時間後】
「…………来ねぇ……。マジで来ねぇよ……」
いい加減、日も傾き始めた舟島の海岸にはひとり体育座りでいじける小次郎の姿があった。
結局、2時間待つと言いながら3時間待った小次郎であったが、待てども待てども武蔵は現れず、怒りも不満も通り越して次第に切なさが炸裂し始めていた。
「……帰るつったけどさぁ………。本当にこねぇとかさぁ……」
いじいじと地面にのの字を書いたり、無表情でひとりじゃんけんを続けたり、愛刀の物干し竿をわーいわーいと虚ろな目でブンブンぶん回したりしていた小次郎。
いくら待っても武蔵が来ない。
来るのは舟島への船便の船頭のおっさんだけであった。
船便が来る度に期待に満ちた表情で船着き場に駆け寄る小次郎。
しかし武蔵は乗っておらず、結局毎回おっさんと顔を合わせるだけ。
「……乗るか?」
「いえ……いいです…」
そんなやり取りが何度も続き、最初は怪訝な目で小次郎を見ていたおっさんも。
「……大丈夫か?」
「あー、金はいいから乗るか?」
「腹減ってないか?」
などと、気をつかい出す始末。
そんなおっさんの優しさが余計に小次郎の切なさを加速させていた。
「…………帰るか…」
そうさ、所詮俺は武蔵に相手にされてないのさ。
いじいじが頂点に達した小次郎は重い腰を上げると、のそのそと帰宅の準備を始める。
――まる1日無駄にしたなぁ…。
ぼんやりとそんなことを考えていた小次郎、しかしその耳がふと聞き覚えのある声を拾った気がした。
「…………ぉーぃ…」
「……?」
なんだろうと小次郎は耳を傾ける。
「……おぉぉーい……」
「こ、この声は!?」
耳に届いたのは確かに待ちわびた男の声。
先程までの、のっそりとした動きは何処へやら、小次郎はまるでおあずけくらっていた犬のように声の主もとへと駆け始める。
「こーじろぉぉぉう」
「武蔵ぃぃぃぃ!!」
遂に来た。
遂に来た。
ずっと待ちわびていた男が遂に来た。
一足一足、先を競うように駆ける小次郎。
一歩踏み締める度にあの男の姿がはっきりと見えてくる。
遂に現れた宿敵。
その姿は。
その姿は――。
「すげぇリラックスしてるぅぅぅーーーッ!?」
武蔵はTシャツ、ジャージ、サンダルと、どう見てもリラックスした部屋着姿だった。
後半へ続く。
10/06/16 12:21更新 / たいら