その1
8月も終わり、新学期。
今年は割りに早く、季節は秋の装いを急速に進めていく週末。
私の目の前にはPCがひとつ。
もともとはメーカー製だったが、改造を重ねたフルタワー。
液晶モニタにオプションでつけてあるのは、メッセ用の小型カメラ。
他のリトルバスターズメンバーには教えていない趣味が、メッセでのチャット。
もちろん相手はかなり選んでる。
SNSとかで無制限に自分を売り込むようなまねはしていない。
自慢ではないが、(ほとんど無条件に伸びきった鼻の下を眺めながらでよければ)
男子でよいならば、私なら相手は選り取りみどり。
しかし、理樹少年ならともかく、
人を征服の対象としかみていないような男どもに期待通りに振舞う私ではない。
画面の前で、実年齢よりも少しばかり大人びた微笑を向けてくれるのは。
ネットをぶらついていたときにブログを知ったことがきっかけで話をするようになった、
近くの有名女子高に在学する少女。
栗色よりも心持薄めの髪と、
いまどきめずらしく手を入れていないことがかえって個性的でキュートな、
大きな眉をもつ娘。
体つきは中庸を装うが、明らかに着やせ型。
透けるような青い瞳が、生まれが少し特別なことを物語る。
・・・うむ、おねーさんでも気を抜くと思わずハァハァしたくなる。
何度か話をするうちに、実は結構な資産家の一人娘だということを教えられた。
最初はまさかと思ったのだが、あの家の娘だとは。
いままで会ったことがなかったのがある意味不思議だ。
まあ私が、素直に家族と連れだって行動することが幼少期以外ないこともあるのだろうが。
立場は、どうやら私とそんなに変わらないらしい。
もっとも資産は、あちらのほうはうちの10倍ではすまないレベルらしい・・・。
「それでは、私たちの学園祭にきていただけるんですか?」
うちの小毬君に通じる、優しいながらほのかに芯の強さを感じる声質。
仮にも光だがしょせんメッセの音質ながら、その本質が見えなくなるほどではない。
「ああ、他ならぬ琴吹女史の願いだからな。
紬くんたちのバンドの演奏は、ぜひ生で聴きたいと願っていたし、お誘いはありがたく受けさせていただくよ」
傍に置いてあったマグカップのコーヒーを一口。
「嬉しいです、軽音部のみんなにも話さなきゃ」
そう言ってから、彼女もティーカップに少し口をつける。
「いや、どちらかといえばサプライズにしたいな。
紬くんの友達に逢えるのは楽しみで仕方がないが、私の側も紹介したい友人が何名かいるのでな。できればそのときに一緒させてもらえればなによりだ」
「ええ、それはすごく楽しみです。
来ヶ谷さんのご友人なら、みなさんとてもすばらしい方でしょうから」
「ああ、興味が尽きないメンバーであることは保障するよ」
私の頭の中では、すでに連れて行く候補のリストアップは終わっている。
彼女が話してくれた部活のメンバーたちに初対面で対抗させるなら、やはりこの3名がベストだろう。日程の調整と説得がつけばだが、まあいざとなったら言うことを聞かせるだけだ。
願わくばあと鈴君だが、残念だがたしか小毬君と予定があったはず。
「うふふ、とても楽しみです。ますます演奏がんばらなくっちゃ」
嫣然、という言葉にはまだ素直な笑みが、ウィンドウの中にいる彼女を彩る。
入場チケットは全員分も確保してもらえたこと(一人当たり最大5枚らしい。家族の分は、と聞いたが、そこは特別枠適用だから気にしないで、ということだった)それから日程と時間を確認して、私は挨拶を交わすとメッセを切った。
リトルバスターズの集合写真を飾ってあるデスクトップからメーラーを再起動。
彼女から送られてきたメールを拾い上げ、一応念のためセキュリティにチェックさせてから、圧縮された添付ファイルを展開する。
Jpegファイルの一覧を眺めながら、かつての私ならおそらくは冷笑まじりに片付けていたであろう、しかしリトルバスターズを通じて「少しはましなものもある」事実を知った今となっては、
微笑ましさを素直に受け止められる記録の数々を、フォトエディタでめくっていく。
うん、これは確かに楽しみだ。
私の好みにも合う見てくれをもった彼女たちが、琴吹女史の眼鏡にかなう友人たちだということに、心の躍動が加速していくのを感じる。
ようやく過ごしやすくなってきた季節。
網戸を通してカーテンを静かに揺らす、肌に心地よい風。
PCの廃熱も夜ならば気にならなくなってきたいま、とりあえず直前に待っているテストのこともしばし忘れて、PCが小さく奏でる曲に私は身をゆだねることにした。
・・・ゆだねるにしては、ちょっと元気がよすぎる、が。
一人で部屋を占有している私には、たまにはいいだろう。
翌日、テスト2日前。
「はい、ちょうどその日はあいてます」
私の最愛の子のひとり、能美クドリャフカはいつもの手を胸の前で合わせるしぐさで微笑んだ。
「リトルバスターズの練習試合が入ってる日の1週間後ですね、25日」
「そうだな。」
「井ノ原さんもおでかけですし、佳奈多さんも生徒会の学校連絡会でいらっしゃいません。恭介さんもまた面接ですからいらっしゃいません。だから練習もお休みですし、病院もないですし」
「能美女史は私より筋肉や佳奈多君を優先するのか。おねーさんは悲しいぞ」
「え?・・・あ、いえ、そんなことはないですよ!?」
わたわたと眼を丸くして手をふる、いつもどおりの反応に苦笑する。
「まあ人の好みはそれぞれだからな。もっとも真人氏に押し倒されたらつぶれてしまわないか?おねーさんとしては佳奈多君の方が萌えなんだが」
「わふー、それはあんまりです・・・というかそんなことを想像させないでください、来ヶ谷さん・・・それに井ノ原さんは紳士ですから」
「まあそれはいい。本題に戻るが、・・・心配するな、少なくともあと二人には声をかけるつもりだ。おねーさんとしては真人氏が手を出す前にクドリャフカ君を手篭めにしたいところだが、一応自制はするつもりだし、なによりも今回は学校外にいる友人に、君たちを紹介したいんだ」
「自制はしてください、リキにも叱られちゃいます・・・というか、学校外の、友人さん、ですか?」
「うむ。」
咽喉が渇いた。お安く作ったことはバレバレの缶ブラックだがないよりはまし。
「彼女の学校が24日・25日と学園祭を開くのだそうだ。そこで彼女の部活が25日にステージをするらしい」
「へぇ、軽音楽部ですか、姉御」
彼女の携帯プレイヤーに転送したファイルを聴いていた三枝葉留佳が、ヘッドフォンを外してから、ちょっと驚いた表情を返してくる。
「25日にはまったく予定ないですネ、追試にならなければ」
といって頭をかく。
「追試なんか冗談じゃないですから、姉御勉強教えてくださいよー」
机に両手をついて、こっちに身を乗り出して哀願してくる。
「勉強なんかしなくても追試になどならないだろう、普通は」
「姉御はおっぱいぼーんは頭が悪い、
っていう世間の偏見からフリーダムだからそんなことが言えるんですヨ・・・」
がっくりとまた椅子に座り込む。
そう、普通胸の大きさと頭のよさは反比例するものなのです。佳奈多お姉ちゃんが私よりも成績がよいのは・・・
「胸の大きさならたった1センチの差ではないか。小毬君よりも君のほうが小さいしな・・・
まあ体格上カップの大きさはほぼ互角だが」
「ガーン・・・それはいくら姉御でも言ってはいけないことですよ・・・」
滝涙を流して、ポッキーを一本咥える。
「姉御、ひどいことを言ってくれたからには罰ゲームをうけてください。
はるちんとポッキーゲームをするのです」
ん、と突き出す彼女のポッキーを真ん中で二つに折り、私はそのまま溶けないうちに口に入れる。
(でもチョコレート側を突き出したあたりは、葉留佳君もすこし成長したとみえるかな)
「あー、なんてことを!?」
「・・・最近少々キス魔の傾向がでてきてないか、葉留佳君?」
「うう、乙女心を姉御はわかってくれない・・・」
「そういう態度で釣りあげられるのは、佳奈多君や理樹君だけだろう」
一撃で斬っておいてから、ぷっくり頬を膨らませた彼女に向かって言う。
「クドリャフカ君には一緒してもらうことになっている。どのみち連れて行くことにある意味一番不安を感じる恭介氏はダメだし、謙吾氏は剣道部の大会の追い込み中、真人氏はひさしぶりに家族と会うらしい」
「鈴ちゃんとこまりんは?」
「二人ともボランティアだそうだ。もともと知っていたことだし、まあ仕方がない」
「みおちんは・・・音楽では素直に出てきそうもナイデスシネ」
「それ以前に戦略百合魔法少女のイベントとやららしい」
「あー・・・それは問題外ですナ。となるとあとは理樹くんくらいかぁ」
「うん、結果オーライみたいなものだ。笹瀬川女史は2週続けて試合らしいし、佳奈多君も学校を通しての付き合いはあるらしいが、いきなりは連れて行けないだろう」
「で、理樹君には声をかけたんですか?」
「これからだ。
で、ここまで言ったからには察しはついているな、葉留佳君?」
多少意識した微笑に、すかさず食いついてくる。
「もちろんですぜ、姉御」
邪悪ぶった笑みとサムアップ。
なにしろ、招待先は女子高。
「少年、ちょっといいか?」
練習終了後、着替えを終わって出てきたところで(まだ日中は暑い。さすがに体操服でないとあとに差し支える)、私は一人少し遅れて出てきた理樹君に声をかける。
「どうしたの、来ヶ谷さん。」
「うん、少し話があってな。」
美魚君から預かっていたイオン飲料を手渡す。
「君は、女子高には興味はあるか?」
笑顔で礼を言ってくれてから、プルダウンを押して口をつけたそのタイミングを計って、
私は理樹君に訊ねる。
「ぶっ!?」
期待通りのリアクションを返してげほげほとむせた彼の背中を計算どおりにさすって、その感触にひとり悦に入りながら続ける。
「なに、2人で変装して忍び込もうとか提案しているわけじゃない」
「そんなの当たり前だよ・・・」
大きく息を吸って姿勢を直すと、彼は私に視線を据える。
「来ヶ谷さんが突然ムチャをいうのは慣れてきたけど・・・」
「その割には期待通りのリアクションだったが?」
「だからといってとっさの反応まで、すぐには変えられないよ。来ヶ谷さんだって、僕が唯湖さん、っていったらいまだに固まるじゃないか」
今度は自分が赤面させられる。
「君には鈴君や小毬君のほうが合ってると思うが・・・まあそれはいいとしよう」
強引に立て直し、続ける。
「私の学外の友人に、桜が丘女子高校に通っている子がいる。
彼女が所属している部活が、24日・25日の学園祭の、25日にステージにあがるらしい。
で、招待状を送ってくれることになったので、少年も一緒に行こうではないか、いや絶対くるんだ、ということなのさ」
「・・・ステージ?演劇とか?」
「いや、軽音楽部だ」
「軽音・・・?ああ、音楽か。ライブをやるんだ」
ちょっと意外そうな表情をする彼。
まあわからなくもない。女子高、と、軽音楽部、という両者が微妙に結びつかないのは、私でもなんとなくわかる。
特に地域唯一の女子高で、成績上位校だが極端な進学型ではないがゆえ、程よくおっとりした子の多いイメージのある桜高は。
「へぇ。面白そうだね。恭介だったらもっと興味示しそうだけど・・・でもそういえば就職面接があるっていってたっけ、25日」
「そういうわけでな。彼女が私の友人たちを誘って、観に来て欲しいという話だ。
そこで能美女史と葉留佳君に声をかけてみて快諾をもらえたので、少年もどうかな、とおもったのだよ」
「でも女子高でしょ?肉親でもない男の僕が入って大丈夫なの?」
「先生や用務員、出入りの業者などには男性もいる」
「いやいやいや、それはまあそうかもしれないけど」
「チケットがあるから心配は要らない。そのへんはおねーさんに任せておくがいい」
「・・・来ヶ谷さんの任せておけ、にはなにか裏があるのが大抵だからなぁ」
でも、少し迷ってはいたが、理樹君はやがてうなづいた。
「恭介も謙吾も真人も25日はいないし、試験明け直後では何をするわけでもないから、
誘ってくれるなら喜んでいくよ。クドはともかく葉留佳さんはちょっとはめはずしそうなのが心配だし、確かに、そうめったにあることではないしね、女子高への訪問なんて」
「やはり少年も男だな。むせ返るような少女たちの甘い香りに囲まれて、ムヒョッス最高だぜウエッヘッヘッヘと行きたいか」
「・・・それは唯湖さんの趣味でしょ、むしろ」
「ほう、いい度胸だ」
「・・・ごめんなさい」
危険をいち早く察したか、理樹君はあっさり頭をさげる。
「まあいいさ。では約束だ。」
時間は13時かららしい。一応余裕をみて、12時半にはつくようにしたい。
「チケットあるならもう少し前からでもいいんじゃない?」
「演奏を観るのも大事なんだが、実は誘ってくれた彼女以外とはまだ直接の面識がないんだ。サプライズを演出しよう、ということだ。舞台は20分間、そのあと16時半まで学園祭、19時まで後夜祭ということだから、なんならそのあとで少しは廻れるしな」
「わかった。楽しみにするよ」
「そうだな、軽音部とリトルバスターズの花に囲まれて鼻の下伸ばしまくりだな」
「・・・来ヶ谷さん・・・毎度毎度だけど、そういうからかい方面白い?」
それはもう言うまでもない。
弄りがいという点については、少年はたぶんリトルバスターズ、いや、友人すべての中でも4強にははいるだろうな。
諦めたような笑顔を陰謀に対する諒解と捻じ曲げて、
私は少しだけ思い入れをこめた笑顔を少年にむけた。
その晩。
紬君のところに、PDFファイル添付のメールをひとつ送る。
葉留佳君と私のリクエスト。
決して簡単な曲ではないが、それこそめったに願えることではない。
それに彼女たちがどれを選んでどう演奏するかは、期待していいことだと思う。
紬君から送られてきたMP3のデータの中で、唯一コピー、というかアレンジが入っていたあれを聴くと。
まもなく送り返されてきたメールをみて、それについてひとつ問い合わせ。
「当日はどんな格好でライブにでるのか、判った段階で教えて欲しい」
・・・せめてそれらしい格好にしておきたいではないか。
それから一週間。
試験は全員無事に終了。
正確に言うと、佳奈多君・クドリャフカ君が葉留佳君の追試回避に相当苦労したらしいこと、
理樹君も今回ばかりはどうしても追試回避をしなければいけない真人氏のために徹夜にお付き合いさせられたらしいが、まあそれはそれ。
試験週末の練習試合は、近くの草野球チーム相手に7−6の大接戦の末勝利。
鈴君一人だけだとどうしても後半に捕まりがちだが、そこを佐々美君が抑えてくれるようになったのは大きい。もともと打線の破壊力は高いリトルバスターズ、少しずつながら強豪チームに変身しつつあるかな。
ここにきて、理樹君がノーテンキなチームメイトたちでも、それなりに有効な戦術を取りいれてきているし。
これで佳奈多君や佐々美君の後輩たちをワンポイントでもいいから使えるようになれば、それこそうちの運動部部長連合も捻れるようになるのだが。
「そうですか。
同人誌は一期一会ということがどうしても付きまといますので回避はできないのですが、
本当なら私もなるべく早く片付けてお邪魔したいくらいですね。
そんなイベントを来ヶ谷さんが企画されていたのであれば」
彼女の淹れたヌワラエリアの清冽な香気を楽しんでいたところで、西園女史は言った。
「せめてコスチュームに関しては協力させてください」
「うん、助かる」
「・・・でも残念ですが私は直接参加は辞退しましょう。
鈴さんや小毬さんに申し訳ないですし、時間的にライブには間に合わないですし」
「気にすることはない。彼女たちは一応純粋オリジナル重視らしいし、演奏を聴かせてもらった限りでは、ドラムはやや元気よすぎに近いがその点以外はごくまっとうなポップスなのだが」
「でもまだ直接お会いしたわけではないのでしょう?話題の接点が少ないかもしれないことも想像はできますので、今回は人見知りさせてください。来ヶ谷さんが次にはぜひ会わせたい、ということであれば、そのときには」
「まあ美魚君らしいな。・・・でもたぶん、その心配は取り越し苦労だと思うが」
特に紬くんとは。
で。
「どうして僕はこんな時間に来ヶ谷さんの部屋にいるんだろう・・・」
半ばは呆然、半ばは諦観を織り交ぜた表情で、当日の朝にため息を吐いてるのは理樹君。
椅子に座り込んだ彼を、4者4様の表情で取り囲むのは、美魚君、クドリャフカ君、葉留佳君と私。
「では、これから理樹君を女子高訪問にふさわしい格好にしたてあげることにしよう」
「イェーイェー、ぱふぱふどんどーん」
「久しぶりに直枝さんに萌えさせていただきます、ぽ」
「リキ、みんなでかわいくなるのですっ」
「・・・まさかと思いたいんだけど、やっぱり女装?」
「ええいいまさらじたばたするな漢なら覚悟を決めて女になれ」
「もうわけわからないよっ!
っていうかそもそも日曜の朝9時に女子寮にいること自体がもう犯罪同然だし・・・」
「そうですヨ、ウィッグつけちゃえばもう理樹君だなんてだれも思わないって」
「ああまたロングヘアにしないといけないの・・・」
「あまりじたばたするならあーちゃん先輩か佳奈多さんに通報しますよ、
いやいっそ恭介さんを呼んで身も心も女の子に目覚めさせましょうか。
それともとってしまうとか」
「西園さん、ふわふわしながらありえないこと口走らないで!」
「だーいじょうぶなのですっ、リキなら女子高のみなさんも女性だと信じます」
「クド、普段ならかばってくれるのにどうして僕の女装にだけは積極的なの!?」
「「「「それはそれだけ君(リキ)が魅力的だからだ・デスヨ・だからです・なのですっ」」」」
ああ、ハモリというかもうある意味コーラス。
・・・ごすごすろりろり。
僕とクドはついでに純白のカチューシャつき。
しかもさんざん写真とりまくったあとで、西園さんはひとりちゃっかり離脱。
・・・もう、せめてデジカメ映像がネットにアップされないことを祈るしかない・・・。
それにしても、どうして女性が男装しても、最低限のお約束だけは守ってれば何にも言われないのに。
男性が女装すると一気に社会的立場のほとんどが危機にさらされるんだろう。
「それは決まってる、ほんの一握りの例外を除けば美しくはなれないからだ」
とあっさり叩き斬った後で、
「生物としては、大抵は雄の方が雌よりも美しいものだ。
だが人間はほとんどの社会が秩序を構成する上で、
「男性」に「女性」を守る立場を押し付けてしまったため、
「弱い女性を守る」という理由付けを与えるために、女性を美しく装うことを優先することになってしまったからだな」
「でも姉御はたいていの、いやたぶんほとんどの男性より強いし超絶的に綺麗ですヨネ」
「だから私はどちらの格好でも許される。となれば胸がちょっと窮屈なのを工夫すればいい、男性の格好の方が、私服では動きやすいし蒸れないから好みなのだよ」
「わふー、来ヶ谷さんはやっぱりちょっとずるいです。背も高くてぼんっきゅーっぼーんで、それにくらべて私は全部逆ですからー」
「女性の美しさはそのぶん多様なありかたが許される。画一的な「常に男らしく」を強要されがちな男性よりもそのあたりはいいと思うが。性愛の対象なら、私は断然クドリャフカ君に魅力を認めるが」
「ほめられてるようにはさすがにちょっと聞こえません・・・」
「というか、姉御、さりげなく犯罪者スレスレ発言ですナ。
クド公が”中身”は同い年だといっても」
「それ以前に、僕はどうして男扱いしてもらえないの?」
「それはもう、理樹君にはそれこそが似合っているからだ。
ヒゲがなくて咽喉仏がほとんどわからないということが、
その趣味をもつ男性にとっては殺人的にうらやましいことか、少年にはわかるか?」
「いやそれ、僕には朝が少し楽なこと以外のメリットないから。
だいたい髭がないだけなら、真人だってそうだし」
「ヒゲだけは勘弁ですよね。産毛もほとんどないクド公はずるいぞ」
「わふー、それって私が赤ちゃん扱いってことなのですか?」
「しかしまあ、こんなことを話しながら女子高の学園祭に乗り込むはるちんたちも、考えてみればさすがにアレですネ」
「だいじょーぶです、リキがおそろいで私は嬉しいですっ」
「ううう、せめてうっかり転んだりしないように本当に気をつけないと・・・」
そう。
ゴスロリではそれぞれ著名だっていうブランドの服。
クドは黒と白のチェック柄の肩で下げるワンピースに袖と手袋の黒レース、
これにおとなしめな白いブラウスと併せた「清純派」。
葉留佳さんは後ろ裾の延びた黒い燕尾のベストで、
ややスリムな体型を強調したマニッシュなスタイル。
抉れた胸元から覗くブラウスと黒のバタフライタイが、どことなく執事風。
唯湖さんは袖のない、裾を鋭く落としたカットラインのジャケットとハーフパンツ、
胸を意識させずに長くしなやかな脚を見せつける着こなしをしてる。
で、僕はあまり体のラインのでない、でも腰は絞られてるクラシカルな白いワンピース。
これにフリルレースのスカートを履かされて、
グレーのニーソで「足を締める演出」。胸には大きなレースのアスコットタイ。
(この腰のラインが入るんだから少年はすごいな、って唯湖さんに言われてもなぁ)
救いは靴がサンダルなこと。こればかりはヒールではまともに歩けないからしょうがない。
それにしてもハーフブーツの葉留佳さんはまだしも、
ただでさえ高い身長をさらに強調するハイヒールの唯湖さんは、
どうしてあんなに綺麗に歩けるんだろう。
今の状態だと、僕よりも5センチ近く背が高くなってる。
クドがハイヒールでちょっとちょこちょこ歩きなのは微笑ましさを誘うけど。
西園さんのコンセプトとしては、
「二人のプリンセスをエスコートする執事と男装の麗人」なんだとか。
・・・ああああああ。
もうなんだか慣らされてきているような気さえもするけど、
僕はやっぱり「プリンセス」なんだね・・・。
せめてもの救いは、一気に吹き込んで来た秋風のおかげで気温がぐっと下がり、空は高く青いのに快適なこと。
さもないと、さすがに暑くてきついよ、この服。
そうでなくたって体型をあわせるためにまたブラとパッド入れさせられてるし・・・。
寮からでたあと、駅の手洗い(・・・もちろん女子側だよ、もう)でウィッグとカチューシャはとったので少しはましだけど。
「リキ、歩き方ちょっと気をつけたほうがいいですっ」
「うむ、ここでその格好で疑われたくはないだろう?」
ありがたい指摘なんだけど、素直には喜べない。
ただバレるのは絶対にイヤなので、少し意識して歩き方を修正する。
「ほっとくと女の子すわりしちゃうくらいなのにね、理樹くんは。両膝畳んでぺたんとお尻落とせるし、でなくてもたいていひざが内側向くし」
格好はマニッシュだけどしぐさなどはいつもどおりの葉留佳さん。
でもそれにだれも違和感を覚えないのはうらやましいよなぁ・・・
って、そうじゃない、そもそも僕がこの格好してここにいることがおかしいんだよ!
だいたいステージの後、僕、この格好のままで女子高にいる唯湖さんのお友達と会うんじゃないか!?
ああああああ・・・
今年は割りに早く、季節は秋の装いを急速に進めていく週末。
私の目の前にはPCがひとつ。
もともとはメーカー製だったが、改造を重ねたフルタワー。
液晶モニタにオプションでつけてあるのは、メッセ用の小型カメラ。
他のリトルバスターズメンバーには教えていない趣味が、メッセでのチャット。
もちろん相手はかなり選んでる。
SNSとかで無制限に自分を売り込むようなまねはしていない。
自慢ではないが、(ほとんど無条件に伸びきった鼻の下を眺めながらでよければ)
男子でよいならば、私なら相手は選り取りみどり。
しかし、理樹少年ならともかく、
人を征服の対象としかみていないような男どもに期待通りに振舞う私ではない。
画面の前で、実年齢よりも少しばかり大人びた微笑を向けてくれるのは。
ネットをぶらついていたときにブログを知ったことがきっかけで話をするようになった、
近くの有名女子高に在学する少女。
栗色よりも心持薄めの髪と、
いまどきめずらしく手を入れていないことがかえって個性的でキュートな、
大きな眉をもつ娘。
体つきは中庸を装うが、明らかに着やせ型。
透けるような青い瞳が、生まれが少し特別なことを物語る。
・・・うむ、おねーさんでも気を抜くと思わずハァハァしたくなる。
何度か話をするうちに、実は結構な資産家の一人娘だということを教えられた。
最初はまさかと思ったのだが、あの家の娘だとは。
いままで会ったことがなかったのがある意味不思議だ。
まあ私が、素直に家族と連れだって行動することが幼少期以外ないこともあるのだろうが。
立場は、どうやら私とそんなに変わらないらしい。
もっとも資産は、あちらのほうはうちの10倍ではすまないレベルらしい・・・。
「それでは、私たちの学園祭にきていただけるんですか?」
うちの小毬君に通じる、優しいながらほのかに芯の強さを感じる声質。
仮にも光だがしょせんメッセの音質ながら、その本質が見えなくなるほどではない。
「ああ、他ならぬ琴吹女史の願いだからな。
紬くんたちのバンドの演奏は、ぜひ生で聴きたいと願っていたし、お誘いはありがたく受けさせていただくよ」
傍に置いてあったマグカップのコーヒーを一口。
「嬉しいです、軽音部のみんなにも話さなきゃ」
そう言ってから、彼女もティーカップに少し口をつける。
「いや、どちらかといえばサプライズにしたいな。
紬くんの友達に逢えるのは楽しみで仕方がないが、私の側も紹介したい友人が何名かいるのでな。できればそのときに一緒させてもらえればなによりだ」
「ええ、それはすごく楽しみです。
来ヶ谷さんのご友人なら、みなさんとてもすばらしい方でしょうから」
「ああ、興味が尽きないメンバーであることは保障するよ」
私の頭の中では、すでに連れて行く候補のリストアップは終わっている。
彼女が話してくれた部活のメンバーたちに初対面で対抗させるなら、やはりこの3名がベストだろう。日程の調整と説得がつけばだが、まあいざとなったら言うことを聞かせるだけだ。
願わくばあと鈴君だが、残念だがたしか小毬君と予定があったはず。
「うふふ、とても楽しみです。ますます演奏がんばらなくっちゃ」
嫣然、という言葉にはまだ素直な笑みが、ウィンドウの中にいる彼女を彩る。
入場チケットは全員分も確保してもらえたこと(一人当たり最大5枚らしい。家族の分は、と聞いたが、そこは特別枠適用だから気にしないで、ということだった)それから日程と時間を確認して、私は挨拶を交わすとメッセを切った。
リトルバスターズの集合写真を飾ってあるデスクトップからメーラーを再起動。
彼女から送られてきたメールを拾い上げ、一応念のためセキュリティにチェックさせてから、圧縮された添付ファイルを展開する。
Jpegファイルの一覧を眺めながら、かつての私ならおそらくは冷笑まじりに片付けていたであろう、しかしリトルバスターズを通じて「少しはましなものもある」事実を知った今となっては、
微笑ましさを素直に受け止められる記録の数々を、フォトエディタでめくっていく。
うん、これは確かに楽しみだ。
私の好みにも合う見てくれをもった彼女たちが、琴吹女史の眼鏡にかなう友人たちだということに、心の躍動が加速していくのを感じる。
ようやく過ごしやすくなってきた季節。
網戸を通してカーテンを静かに揺らす、肌に心地よい風。
PCの廃熱も夜ならば気にならなくなってきたいま、とりあえず直前に待っているテストのこともしばし忘れて、PCが小さく奏でる曲に私は身をゆだねることにした。
・・・ゆだねるにしては、ちょっと元気がよすぎる、が。
一人で部屋を占有している私には、たまにはいいだろう。
翌日、テスト2日前。
「はい、ちょうどその日はあいてます」
私の最愛の子のひとり、能美クドリャフカはいつもの手を胸の前で合わせるしぐさで微笑んだ。
「リトルバスターズの練習試合が入ってる日の1週間後ですね、25日」
「そうだな。」
「井ノ原さんもおでかけですし、佳奈多さんも生徒会の学校連絡会でいらっしゃいません。恭介さんもまた面接ですからいらっしゃいません。だから練習もお休みですし、病院もないですし」
「能美女史は私より筋肉や佳奈多君を優先するのか。おねーさんは悲しいぞ」
「え?・・・あ、いえ、そんなことはないですよ!?」
わたわたと眼を丸くして手をふる、いつもどおりの反応に苦笑する。
「まあ人の好みはそれぞれだからな。もっとも真人氏に押し倒されたらつぶれてしまわないか?おねーさんとしては佳奈多君の方が萌えなんだが」
「わふー、それはあんまりです・・・というかそんなことを想像させないでください、来ヶ谷さん・・・それに井ノ原さんは紳士ですから」
「まあそれはいい。本題に戻るが、・・・心配するな、少なくともあと二人には声をかけるつもりだ。おねーさんとしては真人氏が手を出す前にクドリャフカ君を手篭めにしたいところだが、一応自制はするつもりだし、なによりも今回は学校外にいる友人に、君たちを紹介したいんだ」
「自制はしてください、リキにも叱られちゃいます・・・というか、学校外の、友人さん、ですか?」
「うむ。」
咽喉が渇いた。お安く作ったことはバレバレの缶ブラックだがないよりはまし。
「彼女の学校が24日・25日と学園祭を開くのだそうだ。そこで彼女の部活が25日にステージをするらしい」
「へぇ、軽音楽部ですか、姉御」
彼女の携帯プレイヤーに転送したファイルを聴いていた三枝葉留佳が、ヘッドフォンを外してから、ちょっと驚いた表情を返してくる。
「25日にはまったく予定ないですネ、追試にならなければ」
といって頭をかく。
「追試なんか冗談じゃないですから、姉御勉強教えてくださいよー」
机に両手をついて、こっちに身を乗り出して哀願してくる。
「勉強なんかしなくても追試になどならないだろう、普通は」
「姉御はおっぱいぼーんは頭が悪い、
っていう世間の偏見からフリーダムだからそんなことが言えるんですヨ・・・」
がっくりとまた椅子に座り込む。
そう、普通胸の大きさと頭のよさは反比例するものなのです。佳奈多お姉ちゃんが私よりも成績がよいのは・・・
「胸の大きさならたった1センチの差ではないか。小毬君よりも君のほうが小さいしな・・・
まあ体格上カップの大きさはほぼ互角だが」
「ガーン・・・それはいくら姉御でも言ってはいけないことですよ・・・」
滝涙を流して、ポッキーを一本咥える。
「姉御、ひどいことを言ってくれたからには罰ゲームをうけてください。
はるちんとポッキーゲームをするのです」
ん、と突き出す彼女のポッキーを真ん中で二つに折り、私はそのまま溶けないうちに口に入れる。
(でもチョコレート側を突き出したあたりは、葉留佳君もすこし成長したとみえるかな)
「あー、なんてことを!?」
「・・・最近少々キス魔の傾向がでてきてないか、葉留佳君?」
「うう、乙女心を姉御はわかってくれない・・・」
「そういう態度で釣りあげられるのは、佳奈多君や理樹君だけだろう」
一撃で斬っておいてから、ぷっくり頬を膨らませた彼女に向かって言う。
「クドリャフカ君には一緒してもらうことになっている。どのみち連れて行くことにある意味一番不安を感じる恭介氏はダメだし、謙吾氏は剣道部の大会の追い込み中、真人氏はひさしぶりに家族と会うらしい」
「鈴ちゃんとこまりんは?」
「二人ともボランティアだそうだ。もともと知っていたことだし、まあ仕方がない」
「みおちんは・・・音楽では素直に出てきそうもナイデスシネ」
「それ以前に戦略百合魔法少女のイベントとやららしい」
「あー・・・それは問題外ですナ。となるとあとは理樹くんくらいかぁ」
「うん、結果オーライみたいなものだ。笹瀬川女史は2週続けて試合らしいし、佳奈多君も学校を通しての付き合いはあるらしいが、いきなりは連れて行けないだろう」
「で、理樹君には声をかけたんですか?」
「これからだ。
で、ここまで言ったからには察しはついているな、葉留佳君?」
多少意識した微笑に、すかさず食いついてくる。
「もちろんですぜ、姉御」
邪悪ぶった笑みとサムアップ。
なにしろ、招待先は女子高。
「少年、ちょっといいか?」
練習終了後、着替えを終わって出てきたところで(まだ日中は暑い。さすがに体操服でないとあとに差し支える)、私は一人少し遅れて出てきた理樹君に声をかける。
「どうしたの、来ヶ谷さん。」
「うん、少し話があってな。」
美魚君から預かっていたイオン飲料を手渡す。
「君は、女子高には興味はあるか?」
笑顔で礼を言ってくれてから、プルダウンを押して口をつけたそのタイミングを計って、
私は理樹君に訊ねる。
「ぶっ!?」
期待通りのリアクションを返してげほげほとむせた彼の背中を計算どおりにさすって、その感触にひとり悦に入りながら続ける。
「なに、2人で変装して忍び込もうとか提案しているわけじゃない」
「そんなの当たり前だよ・・・」
大きく息を吸って姿勢を直すと、彼は私に視線を据える。
「来ヶ谷さんが突然ムチャをいうのは慣れてきたけど・・・」
「その割には期待通りのリアクションだったが?」
「だからといってとっさの反応まで、すぐには変えられないよ。来ヶ谷さんだって、僕が唯湖さん、っていったらいまだに固まるじゃないか」
今度は自分が赤面させられる。
「君には鈴君や小毬君のほうが合ってると思うが・・・まあそれはいいとしよう」
強引に立て直し、続ける。
「私の学外の友人に、桜が丘女子高校に通っている子がいる。
彼女が所属している部活が、24日・25日の学園祭の、25日にステージにあがるらしい。
で、招待状を送ってくれることになったので、少年も一緒に行こうではないか、いや絶対くるんだ、ということなのさ」
「・・・ステージ?演劇とか?」
「いや、軽音楽部だ」
「軽音・・・?ああ、音楽か。ライブをやるんだ」
ちょっと意外そうな表情をする彼。
まあわからなくもない。女子高、と、軽音楽部、という両者が微妙に結びつかないのは、私でもなんとなくわかる。
特に地域唯一の女子高で、成績上位校だが極端な進学型ではないがゆえ、程よくおっとりした子の多いイメージのある桜高は。
「へぇ。面白そうだね。恭介だったらもっと興味示しそうだけど・・・でもそういえば就職面接があるっていってたっけ、25日」
「そういうわけでな。彼女が私の友人たちを誘って、観に来て欲しいという話だ。
そこで能美女史と葉留佳君に声をかけてみて快諾をもらえたので、少年もどうかな、とおもったのだよ」
「でも女子高でしょ?肉親でもない男の僕が入って大丈夫なの?」
「先生や用務員、出入りの業者などには男性もいる」
「いやいやいや、それはまあそうかもしれないけど」
「チケットがあるから心配は要らない。そのへんはおねーさんに任せておくがいい」
「・・・来ヶ谷さんの任せておけ、にはなにか裏があるのが大抵だからなぁ」
でも、少し迷ってはいたが、理樹君はやがてうなづいた。
「恭介も謙吾も真人も25日はいないし、試験明け直後では何をするわけでもないから、
誘ってくれるなら喜んでいくよ。クドはともかく葉留佳さんはちょっとはめはずしそうなのが心配だし、確かに、そうめったにあることではないしね、女子高への訪問なんて」
「やはり少年も男だな。むせ返るような少女たちの甘い香りに囲まれて、ムヒョッス最高だぜウエッヘッヘッヘと行きたいか」
「・・・それは唯湖さんの趣味でしょ、むしろ」
「ほう、いい度胸だ」
「・・・ごめんなさい」
危険をいち早く察したか、理樹君はあっさり頭をさげる。
「まあいいさ。では約束だ。」
時間は13時かららしい。一応余裕をみて、12時半にはつくようにしたい。
「チケットあるならもう少し前からでもいいんじゃない?」
「演奏を観るのも大事なんだが、実は誘ってくれた彼女以外とはまだ直接の面識がないんだ。サプライズを演出しよう、ということだ。舞台は20分間、そのあと16時半まで学園祭、19時まで後夜祭ということだから、なんならそのあとで少しは廻れるしな」
「わかった。楽しみにするよ」
「そうだな、軽音部とリトルバスターズの花に囲まれて鼻の下伸ばしまくりだな」
「・・・来ヶ谷さん・・・毎度毎度だけど、そういうからかい方面白い?」
それはもう言うまでもない。
弄りがいという点については、少年はたぶんリトルバスターズ、いや、友人すべての中でも4強にははいるだろうな。
諦めたような笑顔を陰謀に対する諒解と捻じ曲げて、
私は少しだけ思い入れをこめた笑顔を少年にむけた。
その晩。
紬君のところに、PDFファイル添付のメールをひとつ送る。
葉留佳君と私のリクエスト。
決して簡単な曲ではないが、それこそめったに願えることではない。
それに彼女たちがどれを選んでどう演奏するかは、期待していいことだと思う。
紬君から送られてきたMP3のデータの中で、唯一コピー、というかアレンジが入っていたあれを聴くと。
まもなく送り返されてきたメールをみて、それについてひとつ問い合わせ。
「当日はどんな格好でライブにでるのか、判った段階で教えて欲しい」
・・・せめてそれらしい格好にしておきたいではないか。
それから一週間。
試験は全員無事に終了。
正確に言うと、佳奈多君・クドリャフカ君が葉留佳君の追試回避に相当苦労したらしいこと、
理樹君も今回ばかりはどうしても追試回避をしなければいけない真人氏のために徹夜にお付き合いさせられたらしいが、まあそれはそれ。
試験週末の練習試合は、近くの草野球チーム相手に7−6の大接戦の末勝利。
鈴君一人だけだとどうしても後半に捕まりがちだが、そこを佐々美君が抑えてくれるようになったのは大きい。もともと打線の破壊力は高いリトルバスターズ、少しずつながら強豪チームに変身しつつあるかな。
ここにきて、理樹君がノーテンキなチームメイトたちでも、それなりに有効な戦術を取りいれてきているし。
これで佳奈多君や佐々美君の後輩たちをワンポイントでもいいから使えるようになれば、それこそうちの運動部部長連合も捻れるようになるのだが。
「そうですか。
同人誌は一期一会ということがどうしても付きまといますので回避はできないのですが、
本当なら私もなるべく早く片付けてお邪魔したいくらいですね。
そんなイベントを来ヶ谷さんが企画されていたのであれば」
彼女の淹れたヌワラエリアの清冽な香気を楽しんでいたところで、西園女史は言った。
「せめてコスチュームに関しては協力させてください」
「うん、助かる」
「・・・でも残念ですが私は直接参加は辞退しましょう。
鈴さんや小毬さんに申し訳ないですし、時間的にライブには間に合わないですし」
「気にすることはない。彼女たちは一応純粋オリジナル重視らしいし、演奏を聴かせてもらった限りでは、ドラムはやや元気よすぎに近いがその点以外はごくまっとうなポップスなのだが」
「でもまだ直接お会いしたわけではないのでしょう?話題の接点が少ないかもしれないことも想像はできますので、今回は人見知りさせてください。来ヶ谷さんが次にはぜひ会わせたい、ということであれば、そのときには」
「まあ美魚君らしいな。・・・でもたぶん、その心配は取り越し苦労だと思うが」
特に紬くんとは。
で。
「どうして僕はこんな時間に来ヶ谷さんの部屋にいるんだろう・・・」
半ばは呆然、半ばは諦観を織り交ぜた表情で、当日の朝にため息を吐いてるのは理樹君。
椅子に座り込んだ彼を、4者4様の表情で取り囲むのは、美魚君、クドリャフカ君、葉留佳君と私。
「では、これから理樹君を女子高訪問にふさわしい格好にしたてあげることにしよう」
「イェーイェー、ぱふぱふどんどーん」
「久しぶりに直枝さんに萌えさせていただきます、ぽ」
「リキ、みんなでかわいくなるのですっ」
「・・・まさかと思いたいんだけど、やっぱり女装?」
「ええいいまさらじたばたするな漢なら覚悟を決めて女になれ」
「もうわけわからないよっ!
っていうかそもそも日曜の朝9時に女子寮にいること自体がもう犯罪同然だし・・・」
「そうですヨ、ウィッグつけちゃえばもう理樹君だなんてだれも思わないって」
「ああまたロングヘアにしないといけないの・・・」
「あまりじたばたするならあーちゃん先輩か佳奈多さんに通報しますよ、
いやいっそ恭介さんを呼んで身も心も女の子に目覚めさせましょうか。
それともとってしまうとか」
「西園さん、ふわふわしながらありえないこと口走らないで!」
「だーいじょうぶなのですっ、リキなら女子高のみなさんも女性だと信じます」
「クド、普段ならかばってくれるのにどうして僕の女装にだけは積極的なの!?」
「「「「それはそれだけ君(リキ)が魅力的だからだ・デスヨ・だからです・なのですっ」」」」
ああ、ハモリというかもうある意味コーラス。
・・・ごすごすろりろり。
僕とクドはついでに純白のカチューシャつき。
しかもさんざん写真とりまくったあとで、西園さんはひとりちゃっかり離脱。
・・・もう、せめてデジカメ映像がネットにアップされないことを祈るしかない・・・。
それにしても、どうして女性が男装しても、最低限のお約束だけは守ってれば何にも言われないのに。
男性が女装すると一気に社会的立場のほとんどが危機にさらされるんだろう。
「それは決まってる、ほんの一握りの例外を除けば美しくはなれないからだ」
とあっさり叩き斬った後で、
「生物としては、大抵は雄の方が雌よりも美しいものだ。
だが人間はほとんどの社会が秩序を構成する上で、
「男性」に「女性」を守る立場を押し付けてしまったため、
「弱い女性を守る」という理由付けを与えるために、女性を美しく装うことを優先することになってしまったからだな」
「でも姉御はたいていの、いやたぶんほとんどの男性より強いし超絶的に綺麗ですヨネ」
「だから私はどちらの格好でも許される。となれば胸がちょっと窮屈なのを工夫すればいい、男性の格好の方が、私服では動きやすいし蒸れないから好みなのだよ」
「わふー、来ヶ谷さんはやっぱりちょっとずるいです。背も高くてぼんっきゅーっぼーんで、それにくらべて私は全部逆ですからー」
「女性の美しさはそのぶん多様なありかたが許される。画一的な「常に男らしく」を強要されがちな男性よりもそのあたりはいいと思うが。性愛の対象なら、私は断然クドリャフカ君に魅力を認めるが」
「ほめられてるようにはさすがにちょっと聞こえません・・・」
「というか、姉御、さりげなく犯罪者スレスレ発言ですナ。
クド公が”中身”は同い年だといっても」
「それ以前に、僕はどうして男扱いしてもらえないの?」
「それはもう、理樹君にはそれこそが似合っているからだ。
ヒゲがなくて咽喉仏がほとんどわからないということが、
その趣味をもつ男性にとっては殺人的にうらやましいことか、少年にはわかるか?」
「いやそれ、僕には朝が少し楽なこと以外のメリットないから。
だいたい髭がないだけなら、真人だってそうだし」
「ヒゲだけは勘弁ですよね。産毛もほとんどないクド公はずるいぞ」
「わふー、それって私が赤ちゃん扱いってことなのですか?」
「しかしまあ、こんなことを話しながら女子高の学園祭に乗り込むはるちんたちも、考えてみればさすがにアレですネ」
「だいじょーぶです、リキがおそろいで私は嬉しいですっ」
「ううう、せめてうっかり転んだりしないように本当に気をつけないと・・・」
そう。
ゴスロリではそれぞれ著名だっていうブランドの服。
クドは黒と白のチェック柄の肩で下げるワンピースに袖と手袋の黒レース、
これにおとなしめな白いブラウスと併せた「清純派」。
葉留佳さんは後ろ裾の延びた黒い燕尾のベストで、
ややスリムな体型を強調したマニッシュなスタイル。
抉れた胸元から覗くブラウスと黒のバタフライタイが、どことなく執事風。
唯湖さんは袖のない、裾を鋭く落としたカットラインのジャケットとハーフパンツ、
胸を意識させずに長くしなやかな脚を見せつける着こなしをしてる。
で、僕はあまり体のラインのでない、でも腰は絞られてるクラシカルな白いワンピース。
これにフリルレースのスカートを履かされて、
グレーのニーソで「足を締める演出」。胸には大きなレースのアスコットタイ。
(この腰のラインが入るんだから少年はすごいな、って唯湖さんに言われてもなぁ)
救いは靴がサンダルなこと。こればかりはヒールではまともに歩けないからしょうがない。
それにしてもハーフブーツの葉留佳さんはまだしも、
ただでさえ高い身長をさらに強調するハイヒールの唯湖さんは、
どうしてあんなに綺麗に歩けるんだろう。
今の状態だと、僕よりも5センチ近く背が高くなってる。
クドがハイヒールでちょっとちょこちょこ歩きなのは微笑ましさを誘うけど。
西園さんのコンセプトとしては、
「二人のプリンセスをエスコートする執事と男装の麗人」なんだとか。
・・・ああああああ。
もうなんだか慣らされてきているような気さえもするけど、
僕はやっぱり「プリンセス」なんだね・・・。
せめてもの救いは、一気に吹き込んで来た秋風のおかげで気温がぐっと下がり、空は高く青いのに快適なこと。
さもないと、さすがに暑くてきついよ、この服。
そうでなくたって体型をあわせるためにまたブラとパッド入れさせられてるし・・・。
寮からでたあと、駅の手洗い(・・・もちろん女子側だよ、もう)でウィッグとカチューシャはとったので少しはましだけど。
「リキ、歩き方ちょっと気をつけたほうがいいですっ」
「うむ、ここでその格好で疑われたくはないだろう?」
ありがたい指摘なんだけど、素直には喜べない。
ただバレるのは絶対にイヤなので、少し意識して歩き方を修正する。
「ほっとくと女の子すわりしちゃうくらいなのにね、理樹くんは。両膝畳んでぺたんとお尻落とせるし、でなくてもたいていひざが内側向くし」
格好はマニッシュだけどしぐさなどはいつもどおりの葉留佳さん。
でもそれにだれも違和感を覚えないのはうらやましいよなぁ・・・
って、そうじゃない、そもそも僕がこの格好してここにいることがおかしいんだよ!
だいたいステージの後、僕、この格好のままで女子高にいる唯湖さんのお友達と会うんじゃないか!?
ああああああ・・・
10/09/07 22:43更新 / ユリア