その3
機材の搬入が終わると、軽音部のメンバーはいったん準備室に下がり、
もう一度着替えて出てきた。
片付け時のジャージから、今度は僕たちにあわせてくれたのか、「ぷち」ゴスロリ系。
律さん・澪さん・紬さんがゴス寄り、唯さん・梓さんがロリ寄り。
聞いてみたら、去年の文化祭のときのコスチュームだったとか。
驚いたことに、今年から入った梓・・・ちゃん(1年生、後輩だったんだ)の分も含めて、すべて顧問の山中先生のお手製だとか。
ちなみに、あとで来ヶ谷さんが言っていた。
下手なブランド品より手間隙も素材の質も、さらには出来もいいものだって。
梓ちゃんが、かなり恥ずかしそうにしていたのが印象的。
肩も襟元もさらしてる律さんが堂々としてるのと好対照。
「お疲れ様でした」(理樹)
「うん、おっつかれー」(律)
「いきなりで手伝ってもらってすみません」(澪)
「いや、こちらこそ押しかけた格好ですまない」(唯湖)
「氷はまだあるかしら?」(さわ子)
「あ、大丈夫です。まだあと2袋」(梓)
「ねーねー、早く打ち上げ始めよーよー」(唯)
「わふー、おやついっぱいですね」(クド)
「ええ、だってお友達がいらっしゃるんですもの」(ムギ)
「はるちんのためにこんなに?嬉しいデスネ」(葉留佳)
「いや、別に葉留佳君だけのためじゃないだろう」
「というかすぐに遊んでいたひとがよく言えるよね・・・」
「やっぱりだめ?」
「あーもーいいよ、とにかく乾杯しよう」
「だよね、りっちゃん!」
「サボり2号の唯先輩が話をそらさないでください」
「うう、あずにゃんが厳しい・・・」
「まあまず、とにかく無事に終わったことに感謝して。
唯がなんとかまにあったことと、梓の初参加が成功だったこと、
それから、ムギに友達を紹介してもらえるこの日に」
といって、律さんが来ヶ谷さんに目を向ける。
「では私も。
琴吹女史にネットで初めて出会って、このバンドのことと演奏を聴かせてもらってから、
ずっと会いたい、生演奏を聴きたい、
そして私が大事にしている友人たちを紹介する機会を持ちたいと願っていた。
それがすべて叶えられたこの日に」
「ちょっとかっこつけてみて」
律さんがくだけた笑いを、唯湖さんがスパイシーな微笑を交換。
アイスティとダッチコーヒーのグラスを二人が鳴らす。
「乾杯!」
みんなで唱和。
「改めて紹介させてくださいね」
車座に配置した椅子にみんなが腰を下ろしたのを確認し、
めいめいにお茶請けのケーキとクッキーが回ったのをみて、紬さんが話し出す。
「桜が丘高軽音学部、放課後ティータイムのメンバーと顧問の先生です」
促されて、一人ずつ入れ替わりに立ち上がってくれる。
「部長でドラムやってます、田井中律です。
皆には、「りっちゃん」って呼ばれてます。だから、そう呼んでくれるほうが嬉しいな」
うら、と胸を張って演奏のときのイメージより小柄なデコさんが口火を切る。
「ベースと、なぜだかボーカル・作詞もやってます・・・恥ずかしいんですけど。
なんかすっかりなし崩しです、2年の秋山澪です。
ムギの紹介なら大歓迎。こちらこそ、ぜひよろしく」
少し人見知りっぽいしぐさ、でも一方で言葉は結構マニッシュ。基本生真面目?
「リードギターとボーカルもやってます。軽音楽ってなんだか知らないで部活に入って、
ギターも高校からです。MC長いってよくりっちゃんに怒られてます、平沢唯です。
うーんでも、ムギちゃんのお友達さんって、みんなすっごい美人さんだー。いいなー」
ああもう完全に見た目のまんま。ほわほわふわふわという擬音が服着てる。
「あ、はい、今年から軽音部に入りました。一人だけ1年生なせいか弄られ役です・・・
セカンドギターですけど、唯先輩にギター教えてます、中野梓です。
唯先輩にだけ、あずにゃん、って呼ばれてます・・・」
弄られ役、という言葉にちょっと哀しく親近感。一番小柄なせいかよけいに。
「わふー!私はイヌですが梓さんはネコさんなのですね。鈴さんと一緒なのですっ」
「というか、澪と梓は軽音部の猫姉妹なんだよ。猫耳カチューシャはデフォ装備」
「ほう、それは興味深い。ぜひ見せてもらいたいものだな」
「律!誤解されるようなことを言うな!」
澪さんが真っ赤になって叫ぶ。隣で梓ちゃんはあうあう状態。
「請われて兼任ですが顧問やってます。
でも最近ちょっと吹奏楽部よりこっちいる時間が長くなってるかも。
ていうかおバカな子達だから余計可愛いのかも」
ステージでの格好いい印象よりも、優しい大人の女性・・・
「よくいうよ、放課後のお茶会とケーキのために音楽室私物化してるくせに。
あといまさら猫被るなー」
さくっと律さんが突っ込む。
「だまらっしゃい!!!
まあいろいろ貸し借りもあったりで面倒見たり見られたり、です。
皆さんもかまってあげてね、顧問の山中さわ子です。」
・・・いまの一瞬の暴風は一体・・・。
「キーボードです、で、来ヶ谷さんとお友達になれたのでぜひ紹介したいと思ってました。
・・・同じキーボード仲間として。琴吹紬です。ぜひ”ムギ”と呼んでくださいね」
なんていうか、軽音っていうかアイドル風味、そして行動はちょっと古風な「お嬢さま」。
いまどき、すごく貴重なタイプ。
「ではこちらも。キーボードというかピアノあがりなところもムギ君と同じらしい。
人前で演奏した経験はないのだが。放課後ティータイムに強い興味を持たせていただいている。
来ヶ谷唯湖、どうぞよろしく。つぎは葉留佳君」
「あいよっ、その姉御の崇拝者にして賑やかしといたずらに命をかけてマス、
楽器はタンバリンが大好き、演奏はできないけど音楽はオールジャンル何でも聴きます、
三枝葉留佳です、どぞよろしく!んじゃクド公、れっつごー!」
「はいっ、能美クドリャフカです。
ロシア人のお爺様がいるクォーターで、春まで向こうにいました。
ちょっと日本語へんですが許してください。さっきの皆さんの演奏、すごく感動しました。
みなさんに楽器教えてほしいです。クド、って呼んでください」
「クーちゃん、でもいいんですよね?」と紬さん。
「はいっ、お好きなほうで呼んでほしいのですっ。ではでは、リキ!」
「あ、うん、えっと、来ヶ谷さんに誘っていただいてお邪魔してます。
恥ずかしくて人前では音楽はなにもできません。だからちょっと疎遠だったのですが、
今日は本当に驚いて感動してます。直枝理樹・・・もとい、理科の理に姫で、
リキって読んで下さい」
「なんかすっごくかわいいね、クドちゃん・・・
わたしもムギちゃんと同じでクーちゃんにしよ、と理姫ちゃん。
あ、そか、理姫ちゃんも「りっちゃん」なんだ」
「わ、言われてみればそうじゃん。へー、んじゃなんて呼ぼうかな」
「理姫ちゃんでしょ?・・・姫ちゃんでいいんじゃない?」
澪さんにそういわれて、顔に朱をさすのを自覚する。
「あ、かーわいい!真っ赤だー!」
「・・・すまんがちょっとそれは違和感があるな。
理姫くん、あるいはりっきゅんとでも呼んでもらうのがよさそうだ」
さすがに本当のことがあってか、唯湖さんがフォローをいれてくれる。
「あー、それいいですね」
なぜか梓ちゃんが食いついた。
「りっちゃんにりっきゅん、韻・・・でもないか、でも響きが並ぶとすごくいいですね」
「ええ、素敵ですね」
「おっしゃ可愛いから採用。りっちゃん同士、よろしくぅ!」
というだけではなくて、席を蹴って飛び出して直接抱きついてくる。
よけるひまもなくむぎゅ。
「わわわ、律さん!?」
しばらくすりすりしていた律さんの動きがぴたりと止まる。
「・・・ねーりっきゅん。
おねーさんの見立てより、けっこう揉み甲斐のありそうな胸の持ち主なのかな?」
「え・・・そ、そうかな?」
「さすがに澪やムギほどじゃないけど・・・」
といいつつつんつん、ぽよんぽよん。
「え、えええええ!」
「おーい唯、ちょっと触ってみろよ」
「え、なになにりっちゃん」
「う、うわわああああ!はずれ・・・じゃなくて恥ずかしいからやめて!!」
「ほほぉ早速お気に召したか。さすがは私が毎度可愛がってるだけのことはあるな」
「なぁにぃ、理姫くん、いつの間に私の姉御とそんなことに!?」
「わふー、なんだかいきなりすごいことになってます!?」
「ふふふ、ロリ系も似合ってるけどコスプレさせがいありそうね。
ムギちゃん、本当にすばらしい子たちを紹介してくれて先生嬉しいわ」
「ええ、みんなすてきですよね、さわ子先生」
「「・・・ああ、なんまんだぶなんまんだぶ・・・」」
「お願いだから助けてー!!」
と、とにかく、はずれないでよかった。
あと・・・うん、いきなり下半身に血が上るような神経のつながり方にならなくて。
ともかく解放されてからも、僕は情けなくて横坐りでしくしく。
「あーあ、りっちゃんやりすぎだよ。すっかりりっきゅんこわがってるよ?」
「さんざん一緒に揉み倒した唯にだけは言われたくない」
「そうだぞ二人とも、せっかく来てくれた友達にいきなりなんてことを」
「・・・うーん、でもとても素敵でした」
「ム、ムギ?」
「まったくだ。これが女子高ノリというものだな。至福眼福。
なにしろ私がこれをやると、たいていキツい突っ込みか反撃をくらうからな」
「姉御は耐性ない子にかぎってそれをやるからですヨ」
「わふー、リキや来ヶ谷さんとちがって、私だと面白くもなんともないです・・・ぺったんこなのですー」
「クーちゃん、いじけちゃだめっ」
といって唐突に、唯さんがクドを背中から抱きしめる。
「いいこいいこー。クーちゃんはめちゃめちゃ可愛いよー」
梓ちゃんがちょっと複雑そうな顔をしてるけど、唯さんにぎゅっとされているクドは・・・
「わふー、唯さんはあったかくて幸せなのですー」
すぐさま蕩けきっていた!
「む、私のクドリャフカ君を3秒で籠絡するとはなかなかだ。
では私がその唯くんを抱きしめてみることにしよう・・・ん?」
「・・・おんなじゆい同士なのに、
背は高くて脚も長くて胸もぽよんぽよんを通り越してぼーんなんだなぁ・・・
澪ちゃんよりもおっきいなんてもううらやましいというかずるいというか・・・
りっちゃん、こんな神をも恐れぬおっぱいにはおしおきだよ!」
「を!?」
まったく予想外のタイミングで唯さんが唯湖さんに反撃をはじめる。
―それにしても、唯湖さんは天然の反撃には弱いなぁ。振りほどけずに悶絶してる。
「あ、ごめん唯。クドちゃん、抱き心地最高すぎて手が放せない」
唯さんがクドを手放した直後に、さっさと引き寄せて抱き込んでる律さん。
「こ、こら律!おまえはもう懲りもせずに・・・」
「うん決めた。クドちゃんはあたしと澪の娘」
「わ、わふっ!」
「なんでそうなる!」
「澪さんは、私じゃダメですか?」ウルウル目のクド。
「い、いやそんなことはない。・・・律、ちょっとクドちゃんを」
「あ、ほら」
「・・・わふー・・・澪さんもおっぱいぼーんです・・・
でもやっぱり抱かれてて気持ちいいのです・・・っ」
「あ、あう、澪先輩まで・・・」
「ああ、母性本能に目覚めてしまいそうだ・・・」
「おー、すごいカオス状態ですネ。どうですかさわちゃん先生」
「う、もういきなりさわちゃん呼ばわりなのね。でもまあいいわ、楽しいから」
「うふふ。みんなすっかり仲良くなってもらえて嬉しいです。
しかもこんな素敵な眺めが一杯・・・ふふ、今晩眠れるかしら」
「うー、・・・ひどいです、唯先輩も澪先輩も・・・」
「あずにゃん、ひとりにしてごめんね?」
「うむ、これはおねーさんとしたことが。梓くんが仲間はずれではないか。
唯くん、二人で傷心の中野女史を慰めなければな」
かなり焦ってたくせに、すばやく唯さんを味方につけて、特技テレポートもどきで梓ちゃんの後ろをとる唯湖さん。
「あいあい、まむ!」
「な・・・ななななななな・・・助けて憂ー!澪せんぱいー!!」
混乱と色欲と女ばっかりの気楽さに押し流された一幕が終わると、
僕たちはなんだか一気に馴染んでしまってた。
ちょっと低すぎるのかもなんだけど、壁が低いのかな、軽音部。
(僕が男子モードだったら・・・っていうかモードってなんだ・・・うう・・・いやいや、ともかく、男子ないし女装っ子ってことがわかってたら微妙になったかもだけど)
リトルバスターズは、共学校の男女集団ということもあってか、やっぱりどこかに壁めいたものがあるのかもしれない。
小毬さんや謙吾、佐々美さんを除けば、孤立ないし超然気味だったメンバーが寄り集まった性格もあるんだろうけど、集団としての強度はともかく、他者が入りづらい様に感じる部分は、たぶんある。
もちろんそれは、僕らとしては誤解だと思ってるんだけど・・・
最初は一応メンバーごとに固まってたんだ。
でもいまはもうすっかりごたまぜ。
クドと梓ちゃんは、弄られ同士ということからなんか一気に仲良しさんだし。
それを両側から澪さんと唯さんが微笑ましく甘やかしてる。
葉留佳さんと律さん、さわ子先生は波長が近いのかこれまたすごくいい感じ。
僕が詳しくないジャンルの音楽談義ですっかり意気投合の態。
ボスとかヴァン・ヘイレンとか、ボン・ジョヴィとかブライアンとか、オズボーンとか。
「やっぱりいまでも、キッズ・ワナ・ロックよ!」
で。
事態を故意にか否か演出した2人の友人は。
ことがうまく推移したことに、実に満足げ。
「ここまで一気に仲良くなれるとは、ちょっとおねーさんの予想斜め上だったな」
「でもお互い、やりたいこともかないましたし、
すっかりみなさん仲良しさんですから、もう願ったり叶ったりですね」
なんていいながら、唯湖さんはダッチコーヒーの残りを、
ムギさんはアイスティの2杯目を気持ちよさそうに飲んでいる。
「どうした少・・・もとい理姫君、なにをすっかり微笑ましいものを眺めてるモードに入ってる。
日向での縁側でお茶にはまだ50年くらい早いと思うが」
「うん、いいよ50年早くても」
「あら、理姫さんも猫派ですか?」
「うん、僕も猫と一緒に日向ぼっこは好きだから。
鈴は猫と遊び倒すほうが好きだけど、僕は猫と一緒にゴロゴロしてるのが好きだな」
「そうか、では私とムギくんのひざの上でゴロゴロするか?」
「いいですね、それ。よかったらどうぞ?」
ぽんぽん。
律さんや澪さんほどではないけど、紬さんもやっぱり格好可愛いを意識したドレッシー系のゴシックデザイン。
そこから覗く脚は・・・やっぱり艶かしい。
「いやいやいや、せっかくですけど遠慮します」
「遠慮しなくていいですよ、女の子同士ですし、さあ」
ぽんぽん。
「ムギくんにしてもらうのが恥ずかしかったら、私でもいいぞ。ほらほら」
ぽんぽん。
「いやいやいやいや・・・」
僕が困ってるのを見て、絶対2人は楽しんでる。
それが証拠に。
「うむ。困ってる理姫くんの顔はお茶の最高のおともだな」
「本当に可愛いです。いくら見ていても飽きませんね」
そういってから、残っていたクッキーを同時に相手の口に。
「なんだ理姫くん、羨ましいか?なんだったら一緒にするか?」
「ええ、理姫さん、あーんっ」
「だから、あんまりからかわないでよ・・・」
「お、なんだ、ムギと唯湖さんは実は百合友?」
「うふふ、どうでしょうね。」
「すまんが律くん、
唯くんと紛らわしいこともあるから、苗字で呼んでくれたほうがありがたいな」
「そう?ならそれでもいいけど。
ていうか、ムギってどっちかと言えば眺めてるほうが趣味だと思ってたのに、来ヶ谷さんとはいいのか?」
「うーん、百合って言葉に当てはめるなら、葉留佳さんがおっしゃってたように、お姉さま、ですね」
「でしょでしょ、どうして同い年なのか理解できなくなる瞬間があったりしますヨ」
振り返って、葉留佳さん。
「クド公とは反対の意味でねー」
「なんでいつもいっつも私を持ち出すんですか、まったくもうぷんぷんです」
「そうだよはーたん、クーちゃんをいじめちゃだめだよ」
「わー、なんで私まで一緒に抱きしめるんですかぁ!」
背中から2人をまとめてぎゅっとしてる唯さん。
「うー、どうして波長があうかなって感じる子からは、
「はーたん」になっちゃうんだろう、私って」
「はるちんやはるにゃんの方がいい?」
「まあ本当はどれでもいいんデスけどね。姉御とは反対で、はるちんは苗字より名前のほうが好きだし誇りを持ってるから」
「・・・と、あんまりまったりしすぎるとリクエストに応えられなくなるぞ、律」
「お、そうだそうだ」
「リクエスト?そんな話あったの?」
「うん、ムギくんからの申し出でな。いろいろ練習も、触れる曲のレパートリーも増やしたいんだけど、どうしても仲間内だけだと傾向も選曲も偏るから、この機会に少し提案して欲しいって言われてな」
「なんだそんなことを気にしてたの?ヘビメタやハードロックなら先生一杯譜面持ってるのに」
「さわちゃん先生、それはさすがにわたしたちじゃ手に負えないよ・・・」
「曲を選べばそんなことないわよ。B・アダムスの”ヘヴン”や”アイ・ドゥ・イット・フォー・ユー”なんて、ボーカルはちょっと厳しいかもしれないけどいい曲よ。
ヴァン・ヘイレンだって、”JUMP”なんてそれこそ誰が弾いてもかっこよくなるのに、めちゃムズだけどね。B’zや浜田麻里なんかもいいのにー。」
「どれもこれもボーカルがドスの効いた声でないと問題あるけどねー。
ついでに選曲で微妙に先生の歳がバレるぞー」
「じゃかましいわ!!」雷鳴がとどろく。
「がたがた言ってるとZIGGYとかBOOWYとかUP−BEATとかSHOW−YAとかを課題曲にするわよ!
プリプリとかじゃ許してあげないからね!」
腰に手を当ててうら、と睨みつけるさわ子先生。実に迫力満点。
「だから唯や澪にそれでボーカルができるかどうかを考えろって!
まったく締まらないか途中で泣き出すかどっちかになっちゃうだろうが!」
で、それを真っ向から迎え撃つ律さん。こちらもほんと凛々しい。
「あら、これでも遠慮してるのよ?
なんだったら筋肉少女帯とかVOW−WOWとか聖飢魔Uとかにしてあげようか?
それとももういっそ泉谷しげるとか頭脳警察とか」
「あ、でも”ドント・ストップ・ビリーヴィン”はいいですよね。
知らない人が多いのがすごく残念ですけど・・・」
「ま、まあそのあたりはともかく、前からムギや澪とは話してたんだ。
いまどきの曲はサンプリングだらけだしそもそも私たちのボーカルの練習にはならない。
海外の曲はまず唯が英詞を覚えるまでが一苦労。
そこで、日本語の曲か、ごくやさしい英語で、ボーカルとしてはコーラスもあるような、
でもリズムセクションもしっかり苛めてくれるような曲はないかな、って」
「そう。それで、来ヶ谷さんに聞いてみたの。で、提案してもらったの」
「それで、あの曲たちが譜面と一緒にでてきたんですか。
学園祭もけっこう間近まできてたのに、急に練習曲増やす、しかも既存曲で、
その上ステージではやらない、ってなったのは」
「ごめんね、一曲しか練習できなくて」
「唯は風邪だったからしょうがないよな」
「わふ、唯さん、風邪召されてたんですか?」
「「誰かさん・部長がうつしちゃんたんだよな・ですよね」」
「う、澪と梓がいぢめる・・・」
まあともかくそんなわけで、合計14曲提案をもらって、
そのなかで今回2曲に集中して、プレゼントにできるようにしたってわけ。
律さんは胸をはった。
「あたしたちにしてはけっこうがんばったよー。もちろん自慢とかじゃないけどさ、なんとか、
耳が肥えてるともっぱらのはるちんや来ヶ谷さんたちでも、
まあ許してくれるかな、ってくらいにはできた・・・と思う。
かたっぽはちょっと相手が偉大すぎるから、ごめんなさい、って言っちゃうけどね」
「唯が1曲しか練習に参加できなかったのは残念だけど、唯つながりで選んだんだし、そっちでがんばれ」
「おっけー!」
もう一度着替えて出てきた。
片付け時のジャージから、今度は僕たちにあわせてくれたのか、「ぷち」ゴスロリ系。
律さん・澪さん・紬さんがゴス寄り、唯さん・梓さんがロリ寄り。
聞いてみたら、去年の文化祭のときのコスチュームだったとか。
驚いたことに、今年から入った梓・・・ちゃん(1年生、後輩だったんだ)の分も含めて、すべて顧問の山中先生のお手製だとか。
ちなみに、あとで来ヶ谷さんが言っていた。
下手なブランド品より手間隙も素材の質も、さらには出来もいいものだって。
梓ちゃんが、かなり恥ずかしそうにしていたのが印象的。
肩も襟元もさらしてる律さんが堂々としてるのと好対照。
「お疲れ様でした」(理樹)
「うん、おっつかれー」(律)
「いきなりで手伝ってもらってすみません」(澪)
「いや、こちらこそ押しかけた格好ですまない」(唯湖)
「氷はまだあるかしら?」(さわ子)
「あ、大丈夫です。まだあと2袋」(梓)
「ねーねー、早く打ち上げ始めよーよー」(唯)
「わふー、おやついっぱいですね」(クド)
「ええ、だってお友達がいらっしゃるんですもの」(ムギ)
「はるちんのためにこんなに?嬉しいデスネ」(葉留佳)
「いや、別に葉留佳君だけのためじゃないだろう」
「というかすぐに遊んでいたひとがよく言えるよね・・・」
「やっぱりだめ?」
「あーもーいいよ、とにかく乾杯しよう」
「だよね、りっちゃん!」
「サボり2号の唯先輩が話をそらさないでください」
「うう、あずにゃんが厳しい・・・」
「まあまず、とにかく無事に終わったことに感謝して。
唯がなんとかまにあったことと、梓の初参加が成功だったこと、
それから、ムギに友達を紹介してもらえるこの日に」
といって、律さんが来ヶ谷さんに目を向ける。
「では私も。
琴吹女史にネットで初めて出会って、このバンドのことと演奏を聴かせてもらってから、
ずっと会いたい、生演奏を聴きたい、
そして私が大事にしている友人たちを紹介する機会を持ちたいと願っていた。
それがすべて叶えられたこの日に」
「ちょっとかっこつけてみて」
律さんがくだけた笑いを、唯湖さんがスパイシーな微笑を交換。
アイスティとダッチコーヒーのグラスを二人が鳴らす。
「乾杯!」
みんなで唱和。
「改めて紹介させてくださいね」
車座に配置した椅子にみんなが腰を下ろしたのを確認し、
めいめいにお茶請けのケーキとクッキーが回ったのをみて、紬さんが話し出す。
「桜が丘高軽音学部、放課後ティータイムのメンバーと顧問の先生です」
促されて、一人ずつ入れ替わりに立ち上がってくれる。
「部長でドラムやってます、田井中律です。
皆には、「りっちゃん」って呼ばれてます。だから、そう呼んでくれるほうが嬉しいな」
うら、と胸を張って演奏のときのイメージより小柄なデコさんが口火を切る。
「ベースと、なぜだかボーカル・作詞もやってます・・・恥ずかしいんですけど。
なんかすっかりなし崩しです、2年の秋山澪です。
ムギの紹介なら大歓迎。こちらこそ、ぜひよろしく」
少し人見知りっぽいしぐさ、でも一方で言葉は結構マニッシュ。基本生真面目?
「リードギターとボーカルもやってます。軽音楽ってなんだか知らないで部活に入って、
ギターも高校からです。MC長いってよくりっちゃんに怒られてます、平沢唯です。
うーんでも、ムギちゃんのお友達さんって、みんなすっごい美人さんだー。いいなー」
ああもう完全に見た目のまんま。ほわほわふわふわという擬音が服着てる。
「あ、はい、今年から軽音部に入りました。一人だけ1年生なせいか弄られ役です・・・
セカンドギターですけど、唯先輩にギター教えてます、中野梓です。
唯先輩にだけ、あずにゃん、って呼ばれてます・・・」
弄られ役、という言葉にちょっと哀しく親近感。一番小柄なせいかよけいに。
「わふー!私はイヌですが梓さんはネコさんなのですね。鈴さんと一緒なのですっ」
「というか、澪と梓は軽音部の猫姉妹なんだよ。猫耳カチューシャはデフォ装備」
「ほう、それは興味深い。ぜひ見せてもらいたいものだな」
「律!誤解されるようなことを言うな!」
澪さんが真っ赤になって叫ぶ。隣で梓ちゃんはあうあう状態。
「請われて兼任ですが顧問やってます。
でも最近ちょっと吹奏楽部よりこっちいる時間が長くなってるかも。
ていうかおバカな子達だから余計可愛いのかも」
ステージでの格好いい印象よりも、優しい大人の女性・・・
「よくいうよ、放課後のお茶会とケーキのために音楽室私物化してるくせに。
あといまさら猫被るなー」
さくっと律さんが突っ込む。
「だまらっしゃい!!!
まあいろいろ貸し借りもあったりで面倒見たり見られたり、です。
皆さんもかまってあげてね、顧問の山中さわ子です。」
・・・いまの一瞬の暴風は一体・・・。
「キーボードです、で、来ヶ谷さんとお友達になれたのでぜひ紹介したいと思ってました。
・・・同じキーボード仲間として。琴吹紬です。ぜひ”ムギ”と呼んでくださいね」
なんていうか、軽音っていうかアイドル風味、そして行動はちょっと古風な「お嬢さま」。
いまどき、すごく貴重なタイプ。
「ではこちらも。キーボードというかピアノあがりなところもムギ君と同じらしい。
人前で演奏した経験はないのだが。放課後ティータイムに強い興味を持たせていただいている。
来ヶ谷唯湖、どうぞよろしく。つぎは葉留佳君」
「あいよっ、その姉御の崇拝者にして賑やかしといたずらに命をかけてマス、
楽器はタンバリンが大好き、演奏はできないけど音楽はオールジャンル何でも聴きます、
三枝葉留佳です、どぞよろしく!んじゃクド公、れっつごー!」
「はいっ、能美クドリャフカです。
ロシア人のお爺様がいるクォーターで、春まで向こうにいました。
ちょっと日本語へんですが許してください。さっきの皆さんの演奏、すごく感動しました。
みなさんに楽器教えてほしいです。クド、って呼んでください」
「クーちゃん、でもいいんですよね?」と紬さん。
「はいっ、お好きなほうで呼んでほしいのですっ。ではでは、リキ!」
「あ、うん、えっと、来ヶ谷さんに誘っていただいてお邪魔してます。
恥ずかしくて人前では音楽はなにもできません。だからちょっと疎遠だったのですが、
今日は本当に驚いて感動してます。直枝理樹・・・もとい、理科の理に姫で、
リキって読んで下さい」
「なんかすっごくかわいいね、クドちゃん・・・
わたしもムギちゃんと同じでクーちゃんにしよ、と理姫ちゃん。
あ、そか、理姫ちゃんも「りっちゃん」なんだ」
「わ、言われてみればそうじゃん。へー、んじゃなんて呼ぼうかな」
「理姫ちゃんでしょ?・・・姫ちゃんでいいんじゃない?」
澪さんにそういわれて、顔に朱をさすのを自覚する。
「あ、かーわいい!真っ赤だー!」
「・・・すまんがちょっとそれは違和感があるな。
理姫くん、あるいはりっきゅんとでも呼んでもらうのがよさそうだ」
さすがに本当のことがあってか、唯湖さんがフォローをいれてくれる。
「あー、それいいですね」
なぜか梓ちゃんが食いついた。
「りっちゃんにりっきゅん、韻・・・でもないか、でも響きが並ぶとすごくいいですね」
「ええ、素敵ですね」
「おっしゃ可愛いから採用。りっちゃん同士、よろしくぅ!」
というだけではなくて、席を蹴って飛び出して直接抱きついてくる。
よけるひまもなくむぎゅ。
「わわわ、律さん!?」
しばらくすりすりしていた律さんの動きがぴたりと止まる。
「・・・ねーりっきゅん。
おねーさんの見立てより、けっこう揉み甲斐のありそうな胸の持ち主なのかな?」
「え・・・そ、そうかな?」
「さすがに澪やムギほどじゃないけど・・・」
といいつつつんつん、ぽよんぽよん。
「え、えええええ!」
「おーい唯、ちょっと触ってみろよ」
「え、なになにりっちゃん」
「う、うわわああああ!はずれ・・・じゃなくて恥ずかしいからやめて!!」
「ほほぉ早速お気に召したか。さすがは私が毎度可愛がってるだけのことはあるな」
「なぁにぃ、理姫くん、いつの間に私の姉御とそんなことに!?」
「わふー、なんだかいきなりすごいことになってます!?」
「ふふふ、ロリ系も似合ってるけどコスプレさせがいありそうね。
ムギちゃん、本当にすばらしい子たちを紹介してくれて先生嬉しいわ」
「ええ、みんなすてきですよね、さわ子先生」
「「・・・ああ、なんまんだぶなんまんだぶ・・・」」
「お願いだから助けてー!!」
と、とにかく、はずれないでよかった。
あと・・・うん、いきなり下半身に血が上るような神経のつながり方にならなくて。
ともかく解放されてからも、僕は情けなくて横坐りでしくしく。
「あーあ、りっちゃんやりすぎだよ。すっかりりっきゅんこわがってるよ?」
「さんざん一緒に揉み倒した唯にだけは言われたくない」
「そうだぞ二人とも、せっかく来てくれた友達にいきなりなんてことを」
「・・・うーん、でもとても素敵でした」
「ム、ムギ?」
「まったくだ。これが女子高ノリというものだな。至福眼福。
なにしろ私がこれをやると、たいていキツい突っ込みか反撃をくらうからな」
「姉御は耐性ない子にかぎってそれをやるからですヨ」
「わふー、リキや来ヶ谷さんとちがって、私だと面白くもなんともないです・・・ぺったんこなのですー」
「クーちゃん、いじけちゃだめっ」
といって唐突に、唯さんがクドを背中から抱きしめる。
「いいこいいこー。クーちゃんはめちゃめちゃ可愛いよー」
梓ちゃんがちょっと複雑そうな顔をしてるけど、唯さんにぎゅっとされているクドは・・・
「わふー、唯さんはあったかくて幸せなのですー」
すぐさま蕩けきっていた!
「む、私のクドリャフカ君を3秒で籠絡するとはなかなかだ。
では私がその唯くんを抱きしめてみることにしよう・・・ん?」
「・・・おんなじゆい同士なのに、
背は高くて脚も長くて胸もぽよんぽよんを通り越してぼーんなんだなぁ・・・
澪ちゃんよりもおっきいなんてもううらやましいというかずるいというか・・・
りっちゃん、こんな神をも恐れぬおっぱいにはおしおきだよ!」
「を!?」
まったく予想外のタイミングで唯さんが唯湖さんに反撃をはじめる。
―それにしても、唯湖さんは天然の反撃には弱いなぁ。振りほどけずに悶絶してる。
「あ、ごめん唯。クドちゃん、抱き心地最高すぎて手が放せない」
唯さんがクドを手放した直後に、さっさと引き寄せて抱き込んでる律さん。
「こ、こら律!おまえはもう懲りもせずに・・・」
「うん決めた。クドちゃんはあたしと澪の娘」
「わ、わふっ!」
「なんでそうなる!」
「澪さんは、私じゃダメですか?」ウルウル目のクド。
「い、いやそんなことはない。・・・律、ちょっとクドちゃんを」
「あ、ほら」
「・・・わふー・・・澪さんもおっぱいぼーんです・・・
でもやっぱり抱かれてて気持ちいいのです・・・っ」
「あ、あう、澪先輩まで・・・」
「ああ、母性本能に目覚めてしまいそうだ・・・」
「おー、すごいカオス状態ですネ。どうですかさわちゃん先生」
「う、もういきなりさわちゃん呼ばわりなのね。でもまあいいわ、楽しいから」
「うふふ。みんなすっかり仲良くなってもらえて嬉しいです。
しかもこんな素敵な眺めが一杯・・・ふふ、今晩眠れるかしら」
「うー、・・・ひどいです、唯先輩も澪先輩も・・・」
「あずにゃん、ひとりにしてごめんね?」
「うむ、これはおねーさんとしたことが。梓くんが仲間はずれではないか。
唯くん、二人で傷心の中野女史を慰めなければな」
かなり焦ってたくせに、すばやく唯さんを味方につけて、特技テレポートもどきで梓ちゃんの後ろをとる唯湖さん。
「あいあい、まむ!」
「な・・・ななななななな・・・助けて憂ー!澪せんぱいー!!」
混乱と色欲と女ばっかりの気楽さに押し流された一幕が終わると、
僕たちはなんだか一気に馴染んでしまってた。
ちょっと低すぎるのかもなんだけど、壁が低いのかな、軽音部。
(僕が男子モードだったら・・・っていうかモードってなんだ・・・うう・・・いやいや、ともかく、男子ないし女装っ子ってことがわかってたら微妙になったかもだけど)
リトルバスターズは、共学校の男女集団ということもあってか、やっぱりどこかに壁めいたものがあるのかもしれない。
小毬さんや謙吾、佐々美さんを除けば、孤立ないし超然気味だったメンバーが寄り集まった性格もあるんだろうけど、集団としての強度はともかく、他者が入りづらい様に感じる部分は、たぶんある。
もちろんそれは、僕らとしては誤解だと思ってるんだけど・・・
最初は一応メンバーごとに固まってたんだ。
でもいまはもうすっかりごたまぜ。
クドと梓ちゃんは、弄られ同士ということからなんか一気に仲良しさんだし。
それを両側から澪さんと唯さんが微笑ましく甘やかしてる。
葉留佳さんと律さん、さわ子先生は波長が近いのかこれまたすごくいい感じ。
僕が詳しくないジャンルの音楽談義ですっかり意気投合の態。
ボスとかヴァン・ヘイレンとか、ボン・ジョヴィとかブライアンとか、オズボーンとか。
「やっぱりいまでも、キッズ・ワナ・ロックよ!」
で。
事態を故意にか否か演出した2人の友人は。
ことがうまく推移したことに、実に満足げ。
「ここまで一気に仲良くなれるとは、ちょっとおねーさんの予想斜め上だったな」
「でもお互い、やりたいこともかないましたし、
すっかりみなさん仲良しさんですから、もう願ったり叶ったりですね」
なんていいながら、唯湖さんはダッチコーヒーの残りを、
ムギさんはアイスティの2杯目を気持ちよさそうに飲んでいる。
「どうした少・・・もとい理姫君、なにをすっかり微笑ましいものを眺めてるモードに入ってる。
日向での縁側でお茶にはまだ50年くらい早いと思うが」
「うん、いいよ50年早くても」
「あら、理姫さんも猫派ですか?」
「うん、僕も猫と一緒に日向ぼっこは好きだから。
鈴は猫と遊び倒すほうが好きだけど、僕は猫と一緒にゴロゴロしてるのが好きだな」
「そうか、では私とムギくんのひざの上でゴロゴロするか?」
「いいですね、それ。よかったらどうぞ?」
ぽんぽん。
律さんや澪さんほどではないけど、紬さんもやっぱり格好可愛いを意識したドレッシー系のゴシックデザイン。
そこから覗く脚は・・・やっぱり艶かしい。
「いやいやいや、せっかくですけど遠慮します」
「遠慮しなくていいですよ、女の子同士ですし、さあ」
ぽんぽん。
「ムギくんにしてもらうのが恥ずかしかったら、私でもいいぞ。ほらほら」
ぽんぽん。
「いやいやいやいや・・・」
僕が困ってるのを見て、絶対2人は楽しんでる。
それが証拠に。
「うむ。困ってる理姫くんの顔はお茶の最高のおともだな」
「本当に可愛いです。いくら見ていても飽きませんね」
そういってから、残っていたクッキーを同時に相手の口に。
「なんだ理姫くん、羨ましいか?なんだったら一緒にするか?」
「ええ、理姫さん、あーんっ」
「だから、あんまりからかわないでよ・・・」
「お、なんだ、ムギと唯湖さんは実は百合友?」
「うふふ、どうでしょうね。」
「すまんが律くん、
唯くんと紛らわしいこともあるから、苗字で呼んでくれたほうがありがたいな」
「そう?ならそれでもいいけど。
ていうか、ムギってどっちかと言えば眺めてるほうが趣味だと思ってたのに、来ヶ谷さんとはいいのか?」
「うーん、百合って言葉に当てはめるなら、葉留佳さんがおっしゃってたように、お姉さま、ですね」
「でしょでしょ、どうして同い年なのか理解できなくなる瞬間があったりしますヨ」
振り返って、葉留佳さん。
「クド公とは反対の意味でねー」
「なんでいつもいっつも私を持ち出すんですか、まったくもうぷんぷんです」
「そうだよはーたん、クーちゃんをいじめちゃだめだよ」
「わー、なんで私まで一緒に抱きしめるんですかぁ!」
背中から2人をまとめてぎゅっとしてる唯さん。
「うー、どうして波長があうかなって感じる子からは、
「はーたん」になっちゃうんだろう、私って」
「はるちんやはるにゃんの方がいい?」
「まあ本当はどれでもいいんデスけどね。姉御とは反対で、はるちんは苗字より名前のほうが好きだし誇りを持ってるから」
「・・・と、あんまりまったりしすぎるとリクエストに応えられなくなるぞ、律」
「お、そうだそうだ」
「リクエスト?そんな話あったの?」
「うん、ムギくんからの申し出でな。いろいろ練習も、触れる曲のレパートリーも増やしたいんだけど、どうしても仲間内だけだと傾向も選曲も偏るから、この機会に少し提案して欲しいって言われてな」
「なんだそんなことを気にしてたの?ヘビメタやハードロックなら先生一杯譜面持ってるのに」
「さわちゃん先生、それはさすがにわたしたちじゃ手に負えないよ・・・」
「曲を選べばそんなことないわよ。B・アダムスの”ヘヴン”や”アイ・ドゥ・イット・フォー・ユー”なんて、ボーカルはちょっと厳しいかもしれないけどいい曲よ。
ヴァン・ヘイレンだって、”JUMP”なんてそれこそ誰が弾いてもかっこよくなるのに、めちゃムズだけどね。B’zや浜田麻里なんかもいいのにー。」
「どれもこれもボーカルがドスの効いた声でないと問題あるけどねー。
ついでに選曲で微妙に先生の歳がバレるぞー」
「じゃかましいわ!!」雷鳴がとどろく。
「がたがた言ってるとZIGGYとかBOOWYとかUP−BEATとかSHOW−YAとかを課題曲にするわよ!
プリプリとかじゃ許してあげないからね!」
腰に手を当ててうら、と睨みつけるさわ子先生。実に迫力満点。
「だから唯や澪にそれでボーカルができるかどうかを考えろって!
まったく締まらないか途中で泣き出すかどっちかになっちゃうだろうが!」
で、それを真っ向から迎え撃つ律さん。こちらもほんと凛々しい。
「あら、これでも遠慮してるのよ?
なんだったら筋肉少女帯とかVOW−WOWとか聖飢魔Uとかにしてあげようか?
それとももういっそ泉谷しげるとか頭脳警察とか」
「あ、でも”ドント・ストップ・ビリーヴィン”はいいですよね。
知らない人が多いのがすごく残念ですけど・・・」
「ま、まあそのあたりはともかく、前からムギや澪とは話してたんだ。
いまどきの曲はサンプリングだらけだしそもそも私たちのボーカルの練習にはならない。
海外の曲はまず唯が英詞を覚えるまでが一苦労。
そこで、日本語の曲か、ごくやさしい英語で、ボーカルとしてはコーラスもあるような、
でもリズムセクションもしっかり苛めてくれるような曲はないかな、って」
「そう。それで、来ヶ谷さんに聞いてみたの。で、提案してもらったの」
「それで、あの曲たちが譜面と一緒にでてきたんですか。
学園祭もけっこう間近まできてたのに、急に練習曲増やす、しかも既存曲で、
その上ステージではやらない、ってなったのは」
「ごめんね、一曲しか練習できなくて」
「唯は風邪だったからしょうがないよな」
「わふ、唯さん、風邪召されてたんですか?」
「「誰かさん・部長がうつしちゃんたんだよな・ですよね」」
「う、澪と梓がいぢめる・・・」
まあともかくそんなわけで、合計14曲提案をもらって、
そのなかで今回2曲に集中して、プレゼントにできるようにしたってわけ。
律さんは胸をはった。
「あたしたちにしてはけっこうがんばったよー。もちろん自慢とかじゃないけどさ、なんとか、
耳が肥えてるともっぱらのはるちんや来ヶ谷さんたちでも、
まあ許してくれるかな、ってくらいにはできた・・・と思う。
かたっぽはちょっと相手が偉大すぎるから、ごめんなさい、って言っちゃうけどね」
「唯が1曲しか練習に参加できなかったのは残念だけど、唯つながりで選んだんだし、そっちでがんばれ」
「おっけー!」
10/09/07 22:51更新 / ユリア