第1話

 この街には、高校生の間にだけ存在する色々な噂やニュースがある。
 どの学校にも必ず幽霊が出るだとか、あのカラオケの奥の部屋にはだとか、その類い。根も葉も無い、根拠もない、ただ一つの話題性として存在するだけの、よくある噂だ。
 ・一時期凄いハッカーがいたらしい
 これは確か、ある漫画が去年ドラマ化して流行ったときの。
 ・親を半殺しにした愚かな者が、どこかに今も潜んでるらしい
 これは確か、映画化したあるミステリー小説が元になっている。
 ・ある夜ある条件が揃うと、駅前で突如としてとあるミュージックが流れ始めるらしい
 これに至っては意味不明だ、というか古い。
 全て、私には関係ない事だ。そして今回も関係ない、所詮ただの一時期の話題になる。
 ……そのはずだったのに。

 -9月1日-(月) 夏-
 好きな物、ココアの底に溜まった甘い部分、朝一番に聞く音楽、夏の夕方に網戸から入る風、買ったばかりの小説の香り。
 嫌いな物、消えかけの電球、耳をつく蚊の音、週初めの雨。
 年齢十五歳、名前、小林ゆり。
 コンプレックス、体温。
「……ん」
 乾いたまつ毛に、そっと窓から伸びた朝日が揺れ落ちる。
 網戸越しに、澄んだ夏の朝の匂いがせせらいだ。
 一ヶ月の夏休みが終わり、気分一新、また今日から二学期が始まった。
「……もう七時」
 携帯に表示された時刻に促され、まどろむベットから這い出て着替え始める。
 ひたすら暑かった今年の八月が終わったとはいえ、まだまだピークは終わりそうにない九月の初日。
 予想最高気温三十五度。真っ青な空。開放感多めの爽やかさ。
 ハーフパンツに半袖シャツの寝間着を脱ぎ、ハンガーにかかった制服の半袖ブラウスに久しぶりに腕を通す。素肌を撫でるようなひんやりした感触が心地いい。
 私はこの季節は好きだ。
 毎年、この季節になると無性に何か期待してしまう。
 何か凄い変化が起こりそうで、とんでもなく充実した事に出会いそうでワクワクする、だから好きだ。
 ただ現実の一日は、肌が焼ける事とか、かかりすぎなくらいの冷房とか、日中の気だるさとか、心に抱く理想とは裏腹に、気がつくとまた一日、何かが足らずに過ぎ去っていってしまうのだけど。
 私の家には普段、私の他に二人の家族、母と兄がいる。
 お母さんは仕事が忙しくて、朝早くに家を出て夜遅くに帰ってくる生活をしている。
おにぃは、美大のなんとかで一週間前ほどに伝言メモだけを残して今は不在中。
 つまり今は一軒家に新学期の朝から一人だ。
 着替えを済ませ、洗面台で歯磨きついでにふにゃけた寝ぐせを直す。唯一の友達にチョコレート色と言われているうっすら茶色がかった黒髪は、中学生のころから伸ばし続けて今では背中ほどまである。
 支度を終え、学生カバンの中に荷物を詰め、携帯に表示された時間を確認する――七時四十五分。この決まった時間が私がいつも家を出る時間だ。
 私の学校は女子校で、家から学校までは徒歩十五分程度で行ける距離にあり、自転車も使わない。
 玄関でローファーを履き、扉を開け、そして今日も一日、鍵のかかる音と共にゆっくりと利き足を漕ぎ出した。
 
 外に出た瞬間、風がそよいだ。
 二学期スタートの空気は清々しく身体中に染み込んで、眠気をほどいた。
 日差しは眩しく、手をかざすとうっすらと透けた。世界は濃く、どこか懐かしい風景で満ちている。
良かった、今日も一段と暑くなりそうだった。
 アイポッド(一組のアーティストしか入っていない)を耳にはめて、気分で選んだ曲の彩りを景色に添え
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まろやか投稿小説 Ver1.30