第2話

 穏やかな朝のホームルーム、木崎先生が黒板の前で話をしている。
 我らが一年E組の担任は、今年からクラスを任された若い女の先生で、大学生のような小柄な見た目と大人しい物言いが印象的な先生だ。そして、私がこの時間窓の外を眺めるこの上ない理由がそこにある。
 前に立つ木崎先生はいつも小声で話す為、席が一番離れた窓側の私には、外の雑音や下敷きを仰ぐ音に阻まれて非常に聞きづらいからだ。
 辛うじて聞き取った一つ二つの単語で多分一時限目は始業式があるから、恐らくそのことを話しているんだと理解する。
 それだけ分かると、十分間の短いホームルームは今日も無意味な長さに変わる。
 ぼんやりと顔を逸らして、開け放たれ窓の外に意識を向けると、そこには一面自由さに満ち満ちた爽快な群青色の丘と駅前の街並みが見えた。
 遠くにはとびっきり大きな入道雲が浮かび、山のような三角形がゆったりと流れている。
そんなワクワクする景色を瞳いっぱい吸い込むと、思わず冷やしたカルピスを飲みたくなってくる。
 それに合わせてか、カーテンがふわりとなびき、爽やかな風が夏の匂いを連れて廊下まで通り過ぎていく。
 見事なまでの夏模様だった。見てる私まで満ちた気分になった。
 そうして一人口元を緩ませているとき、ふと、私は頭の中に残り続けるモヤモヤに意識を向けた。
 正体は言うまでもない、先ほど灯に膨らませるだけ膨らまされて終わった、あの謎だらけの話だ。
 ――魚のニュース。
 単純に暇だったからが半分、今にも飛び出したい景色が衝動になって半分。
 じっとしているのがもったいないような、そんな好奇心にくすぐられて、私はホームルームの下でこっそりと携帯電話のPCサイトビューアーを起動させた。
 私の携帯は開けるまでに二回のカチッという開閉音が鳴るため、私はわざとイスを少し後ろに引いて、イスと床との擦れるような音をフェイクに使って開いた。
 携帯とは本当に便利な物で、下手をすれば授業中、メール、ゲーム、PC検索、音楽アプリ、ワンセグ、数え切れないほど高校生の暇つぶしには使い勝手がいいアイテムだ。
 そして、いつも通り表向きは静かな優等生を演じつつも、オレンジ色の日差し注ぐ机の下では調査を開始する。
 灯が言っていた単語を順々にたどり、試しに「聖蹟桜ヶ丘」「魚」 「ニュース」で検索してみる。
 すぐさま携帯の小さな液晶にはヒットしたページが並んだ。
「今度こそは私が灯をいじってやろう」濃密な草の匂いにくすぐられながら、そんなくだらないことも企んで、信用性が高そうな一番上を軽くクリックしてみた。
 カチリッ。 
 それは最初、所詮小さな子どもの遊び感覚で、特に理由もない軽い気持ちだったんだ。
 ……けれども、それがこちら側との境界線だった。
 開かれた次の瞬間、そんな気持ちは、爽やかな新学期もろとも塗りつぶされた。
(……ッ!)
 一年を経て嘲笑いにきた、私の本質の奥に眠るその痛み≠ノよって、今も傷に縛られていることを理不尽に見せつけられて。
 なんの造作もなく、ただの暇つぶしに開かれたそのページの言葉達によって、私の思考は数秒間止まられた。
(……これって)
 背筋が凍りつく。
 なぜなら、そこに書かれていた記事の内容は――。
 ニュー速トップページ。
【事件】某ジブリ映画のモデル地、怪異通り魔事件(現在までのまとめ)コメント(144)
「八月三十一日、深夜未明、東京・多摩市聖蹟桜ヶ丘駅の大通りで、通り魔事件が発生した。
 斬りつけられたのは帰宅中の男性で、何者かに背後からいきなり刃物で左手首を数回斬
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まろやか投稿小説 Ver1.30