第19話


編み戸の向こうから、9月の変化を伝える虫やカエルの声が響かせる

夏の陽も沈んで夕闇に染まった街は、どうしてこんなにも穏やかでワクワクしてしまうのだろう

電気もつけない部屋でひとり、編み戸の隅に体育座りで夕闇の夏模様を眺める

アイスを一本口にくわえて、秋色を含んだ外気の風は何を考えるわけでもなく、今日一日の疲れを癒してくれるようにぼーっと心を落ち着かせた


そんなときのことだった…

机にひとつポツンと放置されていた、あの拾った‘携帯電話’が
なんの前触れもなくバイブレーションで音を張り上げて誰かの受信を伝えたのだった

ブーッ…!、ブーッ!、ンーッ……!
机を叩いて開けろと私に叫びつける

「……っ 」
いきなりの出来事に、取るべきか、取らないでやり過ごすべきか

(……はぁ )
不安と嫌な感情が混ざったような苦いざらざらとした気持ちが胸に広がる…

結局真っ暗な部屋でそんな事を考えても、ひとり素直に重い身体で立ち上がる

足元まで来た夜をたどって、私は机の上に残された‘それ’を右手に取った
少しして振動音は止み、携帯の小さなサブ画面にメール1件の受信が表示された

どうしてこんなめんどくさい物を拾ったのかとつくづく自分自身を責めたくなる…
乗り気もなく、恐る恐るパカッと開き、画面の光りと共に映し出されたディスプレイには

「ぇ… 」
それはまさに予想外の光景だった

メール受信‘兄ちゃん’

かすんだ瞳をこらしてよく見る、想像とはかなり違ったものに私は驚いた

えっと、つまりこれは
……
私が拾った携帯の主は、その兄に頼んで所在を確かめる為にメールをしたのだろうか?

何はともあれメールを開く
しかし拾い主とはいえ、他人の携帯をいじるのはかなりの罪悪感があった

-本文-
「すいません、その携帯を落とした本人です もしこれを拾ってくれた人がいれば、あなたは警察の人ですが? 普通の人ですか? 」

……
(本人…)
あの初作戦の日、帰りに私とぶつかった人

私の勘違いかもしれない…
けれどもこの人に、私は確かに他の人とは感じない体温の自然な不自然を感じた
30度の身体で…それは普通ではありえないことで

今のこの携帯越しの私とぶつかった人には、本当にもしかしたら
もう一人しかいない、30度の身体を持つ連続通り魔の可能性があるかもしれない…

そう思えば思うほどに
警察やそれらに感じる恐怖感以上に、再び目の前の物が怖くなった…

返信… しようかしないか悩みながらもアドレスを開いてみると
……

(…??? )

アドレス帳には、なんとも淋しい空白が広がっていた

ただたった一人
‘兄ちゃん’とあるだけの登録アドレス

ボタンを押して詳細を覗くと
‘紺野 春貴(はるき)’

そしてプロフィール画面にボタンを進ませる

この本人の名前は
‘紺野 美弦(みつる)’

間違いない 兄弟…

でも――
 一度深呼吸をして冷静に考えてみる

兄弟や親がいる普通の人間が、そんな身体なのを身内に見つからず、しかも何度も通り魔などという行為が可能だろうか?
それにあの三人を斬った理由は??
テレビで大騒ぎのさなか、携帯電話をなくしたくらいでメールできるような余裕の心境でいるだろうか?

……
(やっぱり 体温のは勘違い…っぽいのかな )
少し過剰に疲れていた心の中で徐々に落ち着きを取り戻し

冷静に、ただ目の前で困っている人に返信メールを作成する

-本文-
「すみません、この前、駅前でこの携帯を拾いました、警察ではなく一般人です あなたはお兄さん
次へ
ページ移動[1 2 3 4]
TOP 目次
投票 感想
まろやか投稿小説 Ver1.30