第21話

甘酸っぱいような嬉しさを堪えた一時間目の授業の後

窓から外を覗くと、ぼーっと静かに羊雲が気持ちよさそうに空を泳いでいた
お昼前の空高くうっすら浮かぶ白い月は、見ているだけでどこか優しい気持ちになれて

その生ぬるい風景に思わずあくびが出た

さすがの灯も朝のあの事件の後では落ち着いて勉強に励み、ノートを開き真剣に授業に参加している

…ように見えた

………
授業が終わって横から覗いたそのノートに書かれていたものは、黒板に書かれた文字でも教科書に書かれた四角い文字の写しとも違う

音譜に歌詞にギターコードに
昨日も書いていたオリジナル曲制作の続きを授業中にせっせと書きつづっていた

私が問い掛けるわけでもなく灯は楽しそうに
「メロディーは完成しててっ 」
そう得意げな表情でそのノートを私に見せる
楽譜なんて読めない私には目の前のそれが凄いのかさえ分からなかった

それでも彼女は楽しそうに言った
「問題は歌詞なんさよねっ 」

なにやら有珠ちゃんがギターを持っていたから‘有珠ちゃん用’の歌詞に変更しているのだとかで

灯の考えている事はやっぱり分からない
笑える理由なんてどこにもない
でもやっぱり、笑ってしまう自分もそこにはいる

……

***
-お昼休み-

歌うようなせわしない生徒の足音が廊下を響かせる

単調に進む日常のひとこまに
教室で机をくっつけてお弁当を食べるグループ
購買や食堂に向かう人
灯みたいにコンビニに向かう人
私みたいに部室に向かう人

少しだけ平年より暑い穏やかな9月の日中は、空腹より眠気を誘うような陽気だった

……

購買部で買ったパンと飲み物を手に
人っ子ひとりいない寂しい4階への階段を上り、左側に曲がるとすぐそこにある

-軽音楽部-
そのプレートのつけられたボロボロの部屋のドアに手をかける

…ガラッ

すぐさま静かにひなたぼっこする部室の柔らかい空気に身体が包まれる

部屋の中は昨日の作戦のときのまま、中央に机が4つ囲んであって窓辺にはパソコン

そして、学校から借りたギターの横に
灯と有珠ちゃんのなのかな
二つの黒色のソフトギターケースが壁に寄り添いあうように置いてあった

「ゆりちゃん こんにちは 」

そんなことを思っていると、昼間の穏やかな空気に一人 優しい声が聞こえた

「こんにちは 」
またも一番乗りのひよりは、窓辺に咲くミニひまわりに水をあげていた

(…昨日の事は、やっぱり聞かないほうがいいのかな )

ひよりが昨日の事はなかったように、まるでいつもと何も変わらない様子の仕草だったことに私はそういうことだと無意識に理解した

広くまったりとした空間にふたり

……

「こんにちは なのです 」

私の来たすぐ後で、その聞き慣れた小声と共に扉がほんの小さく開いた

辺りをキョロキョロと見回して私とひよりを見つけるとビクッと身をすくませる
嬉しそうな怯えるような、そんな瞳でこちらを向くのだった

私とひよりがこんにちはを届けた瞬間
幼い身なりの有珠ちゃんはホッとしたように部屋にとことこ入ってきた


「やぁ 諸君〜集まってるさねっ 」
そのほぼ同時だった

無防備に第二ボタンまで外し、ブラウスをスカートの外にだらんと出した
一目で分かる柔らかい栗色の髪をした彼女も有珠ちゃんの後ろから入って来た

「灯 おかえり 」

そうして、なんでもない幸せな日常がまたやってくる

ひっそりと孤立した部屋に
何も言わずとも四人が囲まれた席に座り、それぞれにご飯を食べ始める

「灯、また抹茶いちごメロンパン?
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まろやか投稿小説 Ver1.30