「私じゃないよ?、私はこんな絵書けないし 」
「…でも去年 病院でお姉ちゃんに絵描いてくれた人…小林さんって 小林って苗字、貴女しか入院してない…」
ぎこちなく話し、スケッチブックを握る手にぎゅっと力が入った
「もしかしたらだけど 私のお見舞いに来てたおにぃかもしれないよ? おにぃなら美大に行ってるし絵も上手だから 」
「お兄さん……」
残念そうにさらに視線を俯かせる
「この絵ん中の人って キミのお姉ちゃんっすかー? 」
灯が身を乗り出して聞く
目の前の店員は視線を端にそらしてこくりと頷いた
その後、他のページもめくって見せてくれた
そこには、明らかにおにぃとは描いた人が違うであろう絵が何ページにもわたって描かれていた
「これを描いたのは? 」
「ボクが描いた…ずっと描いてた… でもこの絵にはなれなかった… 」
おにぃのと他の絵とは圧倒的に‘何かが’が違う
優しさというのか、穏やかさというのだろうか
「このスケッチブック お姉ちゃんからの… ボクの宝物で…」
そう言うとまたさらにスケッチブックを掴む手に力が入る
「ずっと…探してたんだ…」
「ごめん、今おにぃ家からも出かけてて 」
そう告げると、無表情のまま彼女は寂しそうな顔をした
「そういえばまだお名前を聞いていなかったのですが お伺いしてもよろしいでしょうか? 」
ひよりがさりげなく問い掛ける
「双葉… 双葉 奏…(ふたば かなで)」
やっぱり私のクラスにはいない苗字だった
「双葉さん…」
後ろにいた有珠ちゃんが何か心あたりがあるかのように呟いた
「有珠ー 知り合ぃー? 」
「ぁ…えっと、有珠も転校してきてよくは分からないですけど、クラスにずっと欠席の席があって 」
「その席の人の名前が たしか…」
「――‘双葉’って 」
「……! 」
生気のない大きなジト目が一瞬ピクリと反応した
「その…、有珠が来る前の」
‘標的’多分そう言おうとしたのだろう
ハッと有珠ちゃんが張本人を前に言葉を引っ込めた
有珠ちゃんは9月から学校に転校してきた
つまりその前まで他のターゲットがあのクラスにいてもおかしくない
「…不登校で…悪い ? 」
先程の絵のときとは打って変わり、有珠ちゃんの思わぬ失言に奏ちゃんが無表情でむっと詰まった声を放つ
しかし驚いたことに、その発言の反対に
――有珠ちゃんは笑っていた
「…大丈夫なのです 有珠も双葉さんと同じなのです 」
「今は 有珠が‘標的’なのです 」
にっこりとくだらない話しをするように、すらっと有珠ちゃんはそれを言ってのけた
いじめの対象という言葉は使わずに…
正直、私は呆然とした
あまりに綺麗すぎるその笑顔に、染みるほど胸の奥が痛くなったから
「…そう…」
あどけない少女からの現状の残酷な笑顔に、奏ちゃんもたまらず口ごもる
有珠ちゃんの以前のターゲットは、この喫茶店に制服姿のまま独り引きこもっていた
その当たり前に着ていた制服を問うことは出来なかった
ひよりのカーディガンのように、たくさんの事情を抱えているはずだから
その喫茶店では
去年、偶然にも私のトラウマの時期に、おにぃが病院で奏ちゃんのお姉さんと出会い、そして描いた絵を奏ちゃんが宝物にして、たくさんの絵を描いていた
いきさつも分からない、描く理由も私には分からない
ただ憧れか目指すものか趣味か、はたまた別の理由か
――何も分からない
ただでも、せわしなく過ぎる痛々しい日常に、こうして傷者同士が出会えた事にはきっと理由はある気がするん
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