「……着替えるなら…ここで着替えてよ… 」
張り詰めた空気、届いてしまった秘密と今の事態に、不機嫌そうな低音の発声で奏ちゃんは私達に忠告と牽制をした
故に有珠ちゃんは結局その場で着替えることになってしまった
奏ちゃんからすれば、初対面のうえ、いきなり上がり込んできた私達なんて、追い出して当たり前の事をされたはずだった
それなのに、奏ちゃんは痛みを押し殺すように、平然と、ただカウンターの奥へと戻っていった
その反応に、此処を出ていくべき罪悪感は募った
けれど、有珠ちゃんが奏ちゃんといじめられていた同類だったように、私がウィッチと同類の身体が見つかったように、あの部屋に秘密があったことにも、私達は一斉に空気を消した
謝って此処を去って、関わりを断ち切り、相手に孤独と痛みの存在を実感させる事ではなく
何も見なかった、何もなかった、そう自然に振る舞うことがむしろ最善であることを同時に全員が知っていたからである
「ふふっ、有珠ちゃん とっても似合っていて可愛いと思います 」
「有珠可愛いよー めっちゃアリスだよー 」
「ギリ…私服の小学生かな 」
「よかったですっ 」
有珠ちゃんは見事フリルたっぷりの水色のアリス服を着こなしていた
しかしその見た目とは裏返しに、その身にまとうモノは、今から不思議の国へ迷い込むわけでもない
それはただ、小学生と名付けるための守る為の薄い鎧でしかない
「さぁ…雨も弱まったし そろそろいくか 」
まるでコンビニへ行くかのようなラフな灯の声
それが戦場へ歩む合図を告げる
「あたしとゆりは携帯から聞かなきゃいけないからここに残るよ、ひよりは有珠の隠れる一歩前の坂で議員が帰ってきたか張り込んでほしい、もし帰ってきたら茂みに隠れる有珠に電話してな、これはバイブ鳴らすだけで行けの合図ということでー 」
「そんで議員が来たら、有珠は監視カメラに不自然じゃないように、ばったり迷子として遭遇するんさー、このときにもう携帯はあたしの携帯‘お母さん’に電話中のままポケットにいれるんさよ? 中での手順は紙渡したし大丈夫さよね 」
長々と丁寧に、最終確認のように、それぞれの役割をしっかりと託した
「わかりました 」
「了解なのです 」
「わかった 」
「絶対…勝とうな 」
…ドクンッ
灯の一瞬の重苦しい一言とともに、全員が目を合わせた
それぞれの想いを胸に、私達は作戦を開始した
アリス服の上に透明のビニール製のレインコートをぶかぶかに被った有珠ちゃん
だっぽりしたトラウマ紺カーディガンからちょこんと出した指先に、黒色の折りたたみ傘を持つひより
そのときもまだ、灰空からは滴が降りしきる雨模様だった
後数分で闇に呑み込まれる事になるであろう街へ、失敗の許されない企みへ
助走もつけずに静かな戦場へ二人は飛び出した
また…きっと会えることを信じて
***
喫茶店で携帯の着信が鳴るのを待つという任務は緊張で血が冷たくなりそうだった
冷酷な静かさと雨音しかないなら尚更だ
「ね…まさか…本当できると思ってるんだ…? 」
ふと静かな空間を裂いた声、その主はカウンターの奥にいた
今からやろうとしている私達の作戦を、まるで大人や傍観者があざ笑うかのように嫌味のきいた声で聞いてきた
「ぁぁ 」
それに灯が適当に返す
「アレは…無理… 」
皮肉を交えた声が言う
「さぁ 」
「…所詮…ボクと…同類だし… 」
「だから? 」
全く受け付けようとしない、灯の子供みたいな返しだった
「…… 」
無垢な表情がふて腐れる、もしく
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