第26話


日だまり喫茶店の扉が勢いよく開いた

すぐに有珠ちゃんが三人に駆け寄ってくる
外傷のないボロボロの満身創痍になった姿には、満面の笑顔が溢れていた

たったそれだけの事が三人を安心させた

私達はまた、こうして笑い合うことが出来た
長い長い緊張に開放され、私達はただ嬉しくて嬉しくて小さな店内で抱き合った

灯はいつものように嬉しそうにごまかしのない笑顔でくしゃっと笑い
ひよりは優しく、どこか悲しそうにほころんだ
そして有珠ちゃんは、涙の筋を残したまま、ぽろぽろと泣いて笑っていた

―有珠っ、やり遂げました!

そう、幸せな声は響いていた

単純で、一般凡人以下の評価しか与えられなかった、たかが高一のちっぽけな存在達は、何通りも折り重なった罪の罪悪感も忘れて…
ただ大きな、子供には大きすぎる残酷な戦利品をもぎ取って無邪気に笑っていた


街が夜を迎える時間

「奏ちゃん、色々とありがとう、あと…その、ごめんね 」
少しの雨宿りのつもりが、思わぬ痛みや偶然のせいで長居してしまった

「……ちゃん付け…やめて 気持ち悪い」
いきなり気持ち悪いと言われたのには驚いた

「ぁ、ごめん…えっと じゃあ 」
人を呼び捨てにするのはやっぱり慣れない、怖い、だから他人には尚更出来なかった

「‘奏’」
多分、このときからだ
私達が他人じゃなくなったのは
「こ…交換…したい 」
くぐもった声が言う

「交換?? 」

差し出された手を見ると、携帯の赤外線部分を突き出していた
そして、…震えていた

不器用で引きこもりの少女には、たったその行動までにたどり着くのに、どれだけの勇気や不安があったのだろうか

「アドレス交換ね 」

四人分と一人はアドレス交換をした、それは現代の私達の繋がりにおける手短であり最大のツールだった
痛みの同類全員が…死なないようにする‘繋がり’だ

知っている、電子帳に名前が埋まると、なぜか嬉しくて満たされる気持ちになったりするんだ

借りたタオルも飲み物の代金も払って、謎めく奏とはお別れとなった

「また、来てもいいのかな? 」
「んに… 」
頷いたということは大丈夫なのだろうか

「じゃあ、またね 」
‘またね’自分ながらにやっぱりいい別れの言葉だと思う
別れの不安や切なさもなく、むしろ次を期待する


来たときと同じように木目の扉を開ける

少しだけ重い扉一枚を抜けた先、静寂と暗闇に飛び出した瞬間だった

「わぁっ 」
――突然、それは不意をついて私達の前に飛び出してきたのだ
物などではない

――それは空だった

見上げた目の前のそこに、もう分厚い灰空などどこにもない

ただ四人を待っていたものは、天高く晴れ渡った満天の星空だった

今にも頭上に零れて落ちてきてしまいそうな、天然のプラネタリウムが一面に浮かんでいた

音ひとつない深く澄んだ濃紺色の夜空はそれらを隠す理由も作らず、ひっそり街からはぐれた喫茶店の真上には、夏色の輝きに満ちていた

大小色んな輝きを発する幾万ものそれらが、今この瞬間にも小さな私達めがけて光りを放っていたのだ

くすみ汚れ、明るく騒々しい駅前ではこんなに綺麗な景色を見ることは出来ない
ましてや、立ち止まり空を見る人間もほとんどいない、需要もない

高く静かな丘、澄んだ場所、ひっそりと木々に囲まれた空間だけの特許だった

「綺麗ぃ… 」
「すげー! なんかスゲー感動もの 」
「ずっと見ていると吸い込まれそうですね 」

「手が届きそうなのですっ 」
小さな有珠ちゃんが背伸びをしてうーんっと星を掴もうとする
本当
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