第28話

-9月12日-(金)-

事件が起きた

やっと順調だと思えた矢先、私達はまた意図も簡単に悲しみに苛まれてしまった
予期せぬ問題、それはまさに…事件だった

早朝の学校、まだソフトボール部が朝練をしている時間のこと

私達は今日の朝、部室に集まることになっていた
何やら灯がとっておきの作戦を思いついたらしく、まだベットで寝ている時間にそのメールが送られてきた

予鈴もなく生徒すらいない校舎は鬱蒼としていた
不思議な静寂と朝の半透明な澄んだ空気が漂う階段、それを最上階まで上る

空は色づき、窓からは光が滲んでいた
綺麗に晴れ渡り、今日もまた暑くなりそうだった
楽しく…なりそうだった

それなのに
長い階段を上り終えたときだった

その事件は起きた…

部室が、私達の部室が

まるで…
殺人現場のような無残な光景となって目に飛び込んできた

真っ赤な塗料が、私達の居場所をこれでもかと汚していたのだ

血が飛び散ったような生々しさが、古びた扉を殴るように一面へばり付いていた
近くには、隠す気なく塗料が入っていたと思われるバケツが転がっていた

過度な悪意もなく、冗談まじりの適当な暇つぶしの一環として行われたようだった

だからこそ…胸が痛くなった

今日じゃない、きっと昨日の作戦のとき、私達が部室を出た後にやられたんだ

「ゆりオハヨー 」
「ゆりちゃん おはようございます 」
呆然と立ち尽くしていたときだった、後ろから自分の名を呼ぶ声がする

「ぁ… 灯、ひよりも… 」

二人とも私より先に来ていた
その手には、どこから持ってきたのか、清掃で使うようなモップや雑巾が握られていた

「これは…どういう 」
何かに打ちのめされたような気分だった

「まぁ、きっと、あたしらを気に入らないグループが他にいたんさねー よいしょっ」
そう渋々言うと、持っていた清掃道具で床や扉を拭き始めた

「まったく、本当に子供だましですよね 」
ひよりもしゃがんで濡らした雑巾で扉を擦る

「犯人…探さないの? 」

「どうでもいい こんな幼稚な相手と喧嘩してたら肝心の作戦が出来ないし、てかもう時間ないし 」
少しふて腐れるように灯が言う

「人と違うことをするという事は、それ以上に気に入らないと批判的に思う人間が必ずいるものです 」
呆れたようにそう話すひよりの手には、返り血のように塗料がべったりとついてしまっていた

私はてっきり、灯のことだから「絶対見つけてやる!」みたいに強気な事を言うのだと思っていた

でも違う、これが本来なんだよね…

私達は所詮、クラスじゃ裏方で脇役で省かれ者で…劣等生

そういった者がたてついた場合、反ってくるものは決まっていた
軽蔑、無視、暴言、それらに該当する腹いせ
結果は…口にせずともたやすく分かった

平凡さえ困難で、逆境にたてついてる今なんて本当に稀なんだよね
こんなに必死に頑張ってる事が、本当に稀

だから、灯は今更見向きもしなかった
たとえ大事な場所がぐちゃぐちゃにされようと、作戦以外の目的には、見向きもしなかったんだ

なんだろう、自分も同じだからなのかな、その二人の感情がすんなり理解できてしまった
…そしてそれは、とても悲しいことだった

「そう…だね 」
誰もいない校舎、誰の仕業かも分からない暴力に、私も雑巾を握った

悪臭に近い濃い塗料の臭いに頭がくらくらしてくる

それから少し経ったころだった

「おはようござい…ま…… 」
階段から聞こえた元気な声が残酷な現場で失われる

有珠ちゃんが遅れて登校してきた

「ぁ…の、これ
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