-放課後-
「やっと終わったさーっ 」
夕方のホームルームが終わる
息苦しい狭い教室内で、前の席に座っていた灯が猫のようにうーんと伸びをした
「んじゃ、あたしとひよりは今日これから図書委員だからー 」
「ぁ、そっか、今日って委員会あるんだっけ? 」
「ぉー、だからゆりは先に職員室で鍵貰って テキトーに部室行っててくれー 」
「うん、わかった 」
「はぁ…、まじめんどくせぬー、めっさ帰りたぃー 」
冷たい机に無気力な身体がぺたんと寝そべる
「ほらっ、がんばってー 」
「むにゅぅー、ひんやり気持ちいいのさー 」
冷たい死体の手が、灯の髪をわしゃわしゃ撫でる
起き上がった灯は、ヘッドホンを耳に着用する
「じゃあ、また後でなー 」
そして、話し声の騒がしいクラスメイトたちの間をぬって教室を出ていった
(私も行こう )
廊下には、掃除をしている生徒や話す生徒で慌ただしく溢れていた
私と同じような目的で来た生徒達が職員室内でたむろっていた、とくに関わることもなく部室の鍵を貰る
西日が眩しい階段を上る
階段を叩く軽い上履きの音だけが鳴る
ぷつりと人が途切れた無性に悲しい最上階への道のりは、およそ生き物という存在が感じられない
4階の廊下は異様に冷たくて、何の音もない
町並みを鮮やかに染めた夕焼けが窓を通じて入ってきている
それに応じて、辺りには真っ黒い不気味な陰が伸びる
この階も部室も、一人ぼっちだとひどく悲しい気持ちになった
部室の扉の鍵を開ける
朝の塗料の痕が一瞬だけ目に映って、なぜか慌てるように視線をそらした
廊下と同じように音も温もりも持たない広い部室
その中央、一人イスに腰掛けてはただ真っ赤に染まった空を見ていた
目がチカチカして視線を背ける、携帯を何度か開いてまた閉じるを繰り返す
また…近くでパトカーのサイレンの音がする
孤独感を抱えると、不必要な不安とか急に邪魔なことばかりを考えてしまう
窓に映った自分を見てなぜか辛くなる
(有珠ちゃん…遅いなぁ )
掃除かもしれないし、用事があったのかもしれない
(…… )
でも私には、あの五時間目に見てしまった机の落書きが、どうしても頭の片隅で居座ってしまっていた
知ってしまった現実に、つい嫌な胸騒ぎを起こしてしまう
時計の針の音が私をさらに不安に責め立てる
(…… )
一人ぼっちを抜け出したい理由もあって
私は部室を出た
そして、有珠ちゃんのいるクラスのほうへと歩いていった
嫌な予感が喉の奥に苦く突っかかる
***
有珠ちゃんのいるクラス、B組付近に差し掛かったときだった
進む廊下から見えた教室の扉からは、悲しげな朱い夕焼けが外の廊下まで伸びていた
そのときだった…
まだ微かに残る夏の匂いが、…悲鳴に変わる
………
最悪だった…
さらに教室に近づいた瞬間、一番あってほしくなかった現実にぶちあたってしまったのだ
朝の事件なんかより、もっと酷い事件
私達の現代社会における、一番身近で、それでいて消すことの出来ない痛みだ
温もりという言葉とはかけ離れたB組の教室の中から、複数の声がした
耳も塞ぎたくなる、残酷な…声が
きっと、落書きの真実と呼べるものが
………
「そうだよ、扉に‘アレ’やったのはあたしらだよ、だから? 」
(――ッ!? )
それは近づいた教室の中からだった
集団の加害者の声が、あたかも何の気無しに、他人事のように響いてきた
教室を覗こうとした一歩手前で、不意に投げ付けられた憤りや怒りや…悲しみ、一気に押し寄せた暴力に
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