街の温度が幾分下がり、徐々に夜が増していく
奏に呼ばれ、日だまり喫茶店へ向かって歩く並木道
木々の間からは明るい月が顔を覗かせていた
ふと前から、自転車で帰宅中の制服姿の男子が走ってくる
イヤホンを両耳にして、風に揺られる前髪を気にして、指でいじりながら私の横を通り過ぎていく
赤と黒を背負ったふたりの小学生が、どうしてそんなに急ぐのかと言うまでに人を抜いて走っていく
通り過ぎた赤黒とは打って変わって、地味な髪型のサラリーマンが擦り減った靴底を鳴らしてどこかへ帰っていく
その帰宅の合間にも、ピリピリと張り詰めたパトカーのサイレンが、平然と街を巡回しては雑踏の音を掻き消してゆく
変わらない日常、変わらない町並み
その中で変わった一日
渇き切った不公平でろくでもない世界を舞台に
どこかでどこかに痛みを背負った同じ者が、今日もどこかへ帰っていく
私だけじゃない、この中すべてが少なからず私と似たような悩みや苦しみを抱えて、今日を終えて、そして帰っているんだ
だからなのかな、そう思うと不意に少しだけ、本当に少しだけ心が軽くなった気がした
(………)
有珠は、今どこで何を思っているのだろうか
こんなことも思えないくらい俯いて泣いて、自分を責めているのだろうか
灯が必死に頑張っている駅前を避け、脇道にそれ、線路沿いを歩く
また、いろは坂を上る
そのときには、空にはすっかり夜空が広がっていた
長い長い急斜面を上り、街を見下ろす
桜公園を通りすぎ、正規ルートの道を外れて、前に迷い込んだ裏路地の小道へ進む
木々の茂みに阻まれたほの暗い泥んこ道
そこを抜けると
――小さな喫茶店が現れる
柔らかい橙色を放つそこを見て、また少し心が軽くなる
ぽっかりと空間の出来た雑木林の中心へ、ボコボコの土を踏んで歩む
コンッと軽い音のノックを一回して、茶色い木目の扉を開ける
「おじゃまします 」
相変わらず、狭くて静かで、それでいて落ち着いた雰囲気のする喫茶店だった
のっそり、カウンターの向こうから誰かが顔を出す
仏頂面に不機嫌そうな、こちらも相変わらずの店員さんだった
「……なに…」
同じ制服姿のジト目少女がボソッと呟く
「いや、この変なメール、奏が送ってきたんだよね?、ゴキブリがどうとか 」
ポケットから携帯を取り出して見せる
「ぁぁ…、それ…嘘…」
「ぇ、嘘!? 」
「…む…注文は…」
「スルーするんだ!? 」
「………」
私がいけない事をしたような空気になる
「ぁ、ぇっと、じゃあ紅茶を 」
「…うに… 」
どこか嬉しそうに、本当に微かにだけど、口元が笑った気がした
秋色のする店内で、私はカウンター席ではなく、前に四人で座ったテーブル席に座る
狭い空間なりにちょうどよい一つだけのテーブル席
木目の優しいシンプルな形状が、喫茶店の可愛い温もりのある雰囲気をさらに演出している
ほのかな木の香りと、優しい触り心地に心が安らぐ
四つの素朴でレトロなカントリー風なイスも可愛い
(あれ?)
座ったイスに違和感を感じた
たぶん、普通の人じゃわからないくらいの、けれども、低体温者の私だから気がついた疑問でもあった
イスが、ぼんやり人肌並に温かった
(奏かな? それとも、ちゃんと普通にお客さんが来てるのかな? )
そんな疑問を頭に巡らせていると、奥から青白い顔色の奏がやってきた
「………」
何も言わず、もちろん視線も合わせず
注文した紅茶を私の前に置く
そして、珍しく自分から口を開いた
「アップルパイ焼いたの…食べる…? 」
「ぇ
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