第37話

7時前、街が夜に色を変え、降り続いていた雨もあがった
澄みきった雨上がりの夜空には、綺麗な銀色の月が浮かび上がっていた
明日はたぶん晴れだろう

そんな景色の片隅に独りぼっち、抜け殻のような高校生がいた

…わからない

気がつけば私は学校を出て、さ迷うようにしてある場所へ向かっていた
突き抜けるような痛みを抱えて、今にもまたうずくまりそうになりながら、駅まで続く並木道に足を進ませていた

道端の隅に落ちていたポテトチップスの袋を見てなぜか悲しくなって
遠くの遠くに見える電柱の先っぽに寂しさを覚えたりして
綺麗な濃紺色に彩られた空を見上げて、心の芯が抜けるような気持ちになったりもした

無力感でたまらない、やっと涙は止んだのに、家には未だ帰れない自分がいた

もしこのまま誰もいないあの家に帰ったら、今度は本当にリリスで自分の身を切り刻むかもしれないから
こんな死体を、今度こそ本当に殺してしまいそうだったから

***

もの静かでどこか賑やかで、私が失望したところでなんの支障もない聖蹟桜ヶ丘
明日の花火大会を控えて、駅前は準備や警備や人だかりや綺麗な色と声に満ちていた
遅い夏の最後のイベントを、今か今かとワクワクした気持ちで誰もが待っているようだった

並木道の両脇にそびえる木々達も、少し古びた大きなちょうちんをぶら下げている
まだ光を点されていないそれを見ただけでも、懐かしい夏の匂いがしてきそうだった

私には場違いすぎるそんな道を怯えるように歩いていると、目の前に少し太った中年の警察官二人が立って話しをしていた

花火の警備なのだろうか、ウィッチの警備なのだろうか

私は一人俯いておろおろとした

そんなときだった、片方の警察官と一瞬視線が合う

遠い目をした女子高生に首をかしげるように警察官が話しているのが見えると、不意に自分の事を話しているんじゃないかと過剰に不安になった

(………)
あの人達に洗いざらい話したら、触れたら、この胸の真空や冷たい肌は終わるのだろうか?

…無理だろうな


***
夏色の楽しげな駅前の手前で、並木道から小道へそれる

九月後半の今夜も、まだ制服が半袖で大丈夫なくらいな気温
絡みつく生ぬるい夜風は、憎く孤独感へと変わる
ほの暗くて鬱蒼とした小道の中心でローファーの足音を止める

今の私には、この空気がどうしようもなく落ち着く

何度目かも分からないパトカーのサイレンの音が、刺々しく泣きじゃくるように表街道のほうから聞こえてくる

情緒不安定に立ち止まり、灯がにっこり好きだと言ってくれたポニーテールの髪を、片手でほどく

乱れた長い髪がわさっとしたたり落ち、だらしなく瞳に重なる

色んな意味があった、でもこれと言って意味はなかった

ただひどい泣きっ面を隠すように、ぐしゃぐしゃのチョコレート色の髪をおろして私は尚も歩いた

猫背、ずり足、半開きの唇、真っ黒で虚ろな瞳、惨めにくっきりと頬っぺたに残された涙の跡、体温と呼ぶことすら怪しい身体、人と呼ぶことすら怪しい姿

化け物と呼ばれても否定できそうにもなかった

それから私は歩いた

カンカン鳴り響く踏み切りに、暗闇に点滅する赤を見て、一瞬でも足を前に出そうともした

また歩いて歩いて、いろは坂を上った、街並みが綺麗だと思った
垂れ下がった前髪と枯れそうな視界のせいでよくは見えなかったけど

泥道でボコボコの脇道をふらつく足どりで進んだ
不意に左足をくじきそうになった、思わず目を見開いて体勢を立て直す
その一瞬だけは、灯を忘れられた

脇道を抜け、空間に出る

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