第39話 ゆり編

気がつくと、奏との桜ヶ丘公園を後に
いろは坂、暗い夜の道路を一人追いたてられるように走っていた

「はぁはぁ…ッ 」
はみ出すくらいの衝動に足がすくんで震えてる…

叶うはずない夢だった、口にも出来ないくらい危ない目標だった

とっても遅かったけど、たくさん迷惑もかけちゃったけど、私…本当に弱くてどうしようもないけど
やり遂げられる勇気だってまだまだ手探りだけど

だけど、この瞬間――!

また皆と一緒に頑張りたい、ちゃんとやり遂げて成功させたいって
やっと、そういう剥き出しの想いが、懸命にもう一度、自分を進むべき道へ走り出させたんだ

「はぁはぁ…ッ!」
がむしゃらにスピードが上がり、ボルテージが暴れていく、胸が熱くなって、息も苦しく脈が高鳴ってゆく

悲鳴をあげる身体の全てが、夜中の急坂を走る喜びを噛みしめていた

夏の匂いを含んだ夜風が髪をかき分けておでこに当たる
かさばる髪を激しく揺らして、形を変えてなびかせてゆく
後ろからは、青色の追い風が背中をぐいぐい押してくれていた

目一杯の音のない叫び声を街の目の前ど真ん中に轟かせたりして、身震いしそうな勢いで尚も下っていく

夏っていい、大好きだ
全身に鳥肌が立って、ローファーの磨り減る感触に喜んで、森の葉がエールを送るように揺れて気持ちいい
ギュッと固めた両手をこれでもかと振り上げていく

きっとこの瞬間、私は一生忘れられない光景を目にしているんだ

瞬きすることさえ忘れて、私はその刺激を両目に焼きつけた

「はぁ…はぁっ」
坂の中間、一閃に流れていく街の光も夜景の香りも、吹き抜ける生ぬるい空気と一緒にたっぷり吸い込む

規則的に並ぶ街灯の明かり、豆電球のように身に当たるその熱を、更に間隔を縮めようと足を前に動かし風を切る

でこぼこの急斜面に身体を任せ、まるで何かを飛び越えるようにグングン加速していく

もう無茶苦茶だった
擦りむいたっていい、怪我だってしたっていい

でも絶対に止まりたくない

止まらないで、あそこへ真っ直ぐひた走りたい!


***

「はぁ…」
いろは坂を下り終わったあたりには、足が鉛のように重く固くなっていた
心臓が破裂しそうなくらいバクバクしてる
きゅうっと肺が締め付けられて、思わず手をぐっと強く押し当てる

そうして、またぐわっとペースをあげて走り出す、両足が舞い上がる

***

線路沿いの緩やかな下り道を、つんざくスピードで駆けていく

「ぅ…はぁはぁッ 」
痛い、手をふるたびに胸をきつく締めて、足があがらなくなってきた
干からびた喉を鳴らして、更なる苦しみが私にのしかかってくる

すると、はっきり見開いた両目から、一滴だけ残った涙が、一つの結末の終わりを告げるように意識なく頬をつたって流れてきた

理由はわからなった

ただ、どうしようもなく、この胸を切り裂くような痛みが嬉しかった

震えた涙声、汗を混ぜて垂らす最後のモノに、今までの痛みや苦難が日々が頭の中をめぐった

「ぃ…はぁッ」
だってさ、だってだ
私は諦めてたんだ、もうこんな事になるはずないって

「はぁっ、はぁっ」
もうこんながむしゃらに頑張ることなんて、ないって思ってたんだ

あんな…独りぼっちの日常に戻ろうとなんてしてたんだ

「ぅぁぁッ…はぁっ」
人に見せられないくらいに顔をぐちゃぐちゃにさせて、ぎこちない両足とローファーが、また世界を蹴りつけて進んでいく

とびっきりの夏の夜空の下、びっしょりかいた汗はブラウスを透けさせて、おでこには前髪がぴったりくっついていた

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