第40話


-9月14日-(日)- 花火大会-

早朝、五時にセットした目覚まし時計が部屋に鳴り響く

目を覚ますより先に、反射神経で時計を止める

むくりとベットから起き上がり、冷たい床に素足をつける

ぼんやりした意識で窓辺に立ち、カーテンを一気に引くと、同じように眠った街が顔を覗かせた

信号機の明かりだけがひっそりと光っている
いつも車やバイクが走っている道路は空っぽで、道幅が幾分か広く感じる

歩く人もパトカーのサイレンもない、普段は賑やかな街全体がしーんと静まり返り、灰色まじりの暗闇に包まれていた
まだ肌寒い外気に、私の寝起きのまなこも開かれる

そんなゆったりした時間が流れる街の片隅に身を潜めながら、目新しい音もなく、私も静かに作戦の支度を始める

毎日の作業、壁にかけられたハンガーからブラウスを取り、第一ボタン以外のボタンを閉めて着る
紺チェックのプリーツスカートを穿き、中にブラウスをしまいこむ

ソックスにリボン、毎日のアイテムも欠かさずつける

その間にも徐々に空は流れていく
東の空からは朝日があがろうとしていた
星が薄くなっていき、月もぼやけ始める
冷たい夜が朝焼けに飲み込まれ、街は次第に白い空気に包まれていく


部屋を出て、一階に下り、洗面台の前に立つ
歯磨きと同時進行で寝癖まじりの長い髪にクシをいれる

今日は私達の全てがかかった日だ、身なりも気合いを入れてしっかり整える

もし灯に再会できたら、…また可愛いって思ってもらえるように、抱きしめてもらえるように
普段の倍近くの時間をかけて、丁寧にポニーテールを結ぶ

時刻五時半過ぎ、毎朝の身支度を終える


***

そして、ここからが私の非日常…

もう一度部屋に戻り、ベット脇に置かれたナイロン製の黒いソフトギターケースを手に取る

灯が傷つきながらも私に残してくれた、託してくれた最後のチャンスだ

きっと本当に最初で最後‘これ’を使うときがきた

じりじりと…すり足で、私のカルマがしまわれた押し入れに近づいていく

ゴクリと唾を飲み、指先でそーっと薄い扉一枚を開いてゆく

…毎回、開けて思う

思わずウッと異臭がしてきそうな濁りきった空間だ
タバコの臭いより遥かに気持ち悪い

気味の悪いぼやけた暗さで、湿気のようなじめっとした感覚も肌に触れる

そして、その中央に、…あれは不気味に横たわっていた

変わることなく殺気を研ぎ澄まし、待ちわびたかのように、それはいたんだ

意図も簡単に人を殺せるであろう代物
と同時に、私を海から救い、体温を抜き去った張本人

決して誰にも知られてはいけない凶器、まぐろの大刀‘リリス’

ほの暗い底から覗かせたリリスの顔と目が合う
音のない静寂の中で、死体のように横たわるリリスが、嬉しそうに私を誘っている気がした、手を伸ばして笑っている気がした

おそらく世間では、化け物や異物と呼ばれるそれを、拒否し続けてきたそいつを…
今日だけは、私の方から手を差し伸べる

冷えきった埃まみれの押し入れの中にスッと手を入れ、久しぶりにまぐろに触れる

すると、リリスは相変わらず水死体のように冷たかった

そのとき思わず私は、私から抜け落ちた分の体温を、実はこの物体が宿して存在しているんじゃないのかと
そうなふうに思った

少しおうちゃくに、ずるずると床を擦り付けながら外に引きずり出す

ふと外を見れば、空にのぼった太陽が街を照らし始めていた
空気中のしずくや道に付着した水分も、朝の光を浴びてキラキラ輝いている
霧がかった街は幻想的だった

じわりと暖かい朝日が窓の
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