家を出ると、見渡す限りの夏の朝が広がっていた
清々しい風の匂い、道端に茂る雑草のざわめきが心に染みわたる
胸が高鳴り、身体が疼く
深く息を吸って、いざ決戦の舞台へと繰り出す
故郷の家が遠ざかり、強く背を向けて戦場へと歩き出す
しかし改めて見た通学路は、朝とはいえ人通りや車も多いように思えた
朝の散歩にゴミ出し、出勤に朝練、意識して初めて認識する
この街にどれだけの人がいて、どれほど犯罪行為を起こすことが大変かを痛感させられる…
背中から伝わる異様な緊迫感に、家を出たことを私は少しだけ後悔した
街が息を潜めているようで、逃げるように黙々と、出来るだけ早歩きで目的地を目指した
その最中、前から早朝ランニングをする男性が走ってきた
特に何食わぬ顔で私の横を通りすぎていく
それだけじゃない、普通の通勤中のサラリーマンや大学生も、後ろから私を抜き去って駅へ向かっていく
端から見れば、何ら変哲もない清らかな朝の風景
私だけを除いて、それは穏やかな日常だった
でも違う、一メートルと感覚をあけずに他人とすれ違うことに、私は命懸けだった
そのたびに鳥肌が立って、一人恐ろしい身の危険を感じて震えた
たまらず逃げたくなって
もうぐちゃぐちゃだった…
その間にも、何台もの車やバイクが私の隣の道路を平然と横切っていく
後ろからは、至近距離で自転車だって通過していった
当たり前に歩いてくる見も知らぬ人々が、怖くてたまらない…
顔が強張って、手のひらは滲み出た汗で湿っていた
この薄いケースの中に、自分の身の丈ほどもある化け物を隠し持っている、それを無防備にも持ち出してしまった
つまり今の自分は、大量の札束を持ち歩くより、拳銃をぶら下げているより、脆く恐ろしい姿をしていた
決して大げさではなく、周りの全てが敵に思えてきて、ただ歩くことに必死だった
空には塗り立てのペンキのような真っ青な青空が広がっている
きっと皆も…この空の下で、私と同じように独りぼっちで頑張っているはずだよね
絶対痛みになんか逃げずに、必死にたてついてるはずだよ
どんなリスクが目の前に立ち塞がっていようと、これは全部自分で選んだ道なんだ
だから私も、どれほどの危険を冒してでも、前に歩くことだけはやめちゃいけないだ
仲間との再会を夢見て、息を吹き返したように私を顔をあげた
強く握りこぶしを固め、ふらつく足に力を込めた
そしてまた一歩一歩、逃げ場のない航海のど真ん中を尚進み始める
恐怖に全身の産毛を逆立てながら、見える限りの視界に意識を尖らせて、慎重に敵陣をひっそり進んでいく
***
早朝、たった徒歩十五分の道のりを私は完全にあなどっていた
やはり朝の通学路は不安材料で満ちている
私は、分岐点に差し掛かった
こうなれば、やむを得なかった
本当は、最短の正規ルートから行きたかった
でもその現在地は、安全とは程遠い人の多さの危険地帯だった
多少の時間をかけてでも、裏の大回りや抜け道を使って学校まで進むしかない
(…大丈夫 )
ここら一帯の路地や裏道は、小さいころから知り尽くしていたし、自信はあった
何より今考えられる最大の安全策だった
私は何がなんでも、こんなところで皆との夢を終わらせるわけにはいかないんだ
必ず背負ったこの子をあそこまで運ばなきゃいけないんだ
今日が…最後だから
強い決意を胸に、学校やひまわり畑に続く毎日の通学路の一本道を大きく外れ
そして、裏の抜け道を選択する
***
裏手に忍び込み、学校の正門とは正反対のルートを進む
家
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