第45話

お父さんのネクタイで死のうとした事もあった
浴槽の中で何十秒も息を止めて、でも結局苦しくて顔をあげちゃった事もあった

僕さ、この瞬間、いなくなったら…楽だろうなって
死んだら何もかも終われるんだなって、そう毎日思って生きてきた

寝る前は眠らないように、理由すらわからない涙をすすって
朝は起きないように、カラッポの胸で、風邪でも引いてないか落胆した

また…いじめがスタートする

学校に行っていじめられ、また家に帰るだけの日々

どうすることも出来なかった、従うしかなかった、終わることも出来なかった

けれど、今

それはチャンスになった、僕次第になった

守ること、倒すこと、傷つくことも、全ては僕の今夜にかかっているんだ

(フール? やれるよな?」
膝の上に乗せられたテレキャスターに問いかける
僕と武器、愚者と道化

スイミーは演じない、僕の姿と声、フールの音で、僕は勝つ

銀髪を認めてくれた皆がいる大切な部室も、偽りのない僕という存在も、守る

僕が僕である為に――

制服を着込み、空の学生カバンを手に取り、中にアンプを入れる

電池式のバッテリーで、野外でも多少の時間なら鳴らせるミニアンプ
ギターとお揃いの水色、四角いコンパクトなボックスタイプで、小さな楽曲屋さんで一目惚れして買ったものだ
音もそこそこ出るし、音質の荒らさも気にするほど問題はない

ついでに、一つしか持っていないエフェクター‘Over Drive’BOSS BD-2も入れる
手のひらサイズのレトロな形に青色のフォルム、ペダルを足で踏んでギターの音質を変える歪み系のタイプだ

昔どこかの雑誌でBUMPのボーカル・藤くんがこれを使っていることを知り
自分のギターとの相性や音の特徴も知らずに、夢中になって中古屋に買いに行ったことを覚えてる

フールの流れるような軽いチャキチャキ音さえも、ロックのように激しく歪ませ変貌させる
相性は良くはないけれど、弾き語りのロック曲でのインパクトには充分使える

愛用のピックとギターケーブル、そして、切り札のテトラゾラの楽譜も入れる

フールの弦も全て張り替え、水色のボディをクロスで丁寧に拭き、念入りに‘半音下げ’チューニングを調える

黒色のソフトケースにギターをしまい、背負う
一式を入れた重い学生カバンも肩にかける

MDプレイヤーのイヤホンを耳にはめ、テトラゾラをリピートで流す

――世界を変えてこよう

そう呟き、僕は家の扉を叩き開けた

生意気な両足が威勢よく戦場を目指し始める
高ぶる戦意と、打ちのめされる恐怖が子どもじみた瞳に入り交じる

僕より遥かに強いであろう奴らを叩きのめしてきてやろう


***

塗りたてのような黒い空に花火が打ち上がっている
華やく街の隅で、僕は陰に張りつくように密かに足を進めた

伸び伸びとした夏の香りを含んだ風が頬に当たる
解放間に溢れた生ぬるい外気に袖がなびいた
ギターを背負う背中はもう汗でびっしょりだ

星さえなく見上げたそんな僕の静かな夜に、臆する感情は徐々にほどかれていった


***

聖蹟桜ヶ丘駅に着いた

夜も更け、どこか不気味に待ち受けた駅前が、今日ばかりは圧倒的な威圧感を持って立ち塞がっていた

急に足が冷たくなり、すくむ…、緊張で喉に唾が張りついた

でもこのどこかに、あいつらも必ずいるんだ

もしかしたら、今日の僕の事なんか忘れてるかもしれない
どうでもいい暇潰しの一環に過ぎなかったのかもしれない

だとしても、それでも駅中に鳴らしてやれば、あいつらの耳にだって響くはずだ
いや
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まろやか投稿小説 Ver1.30