第48話


‘この世には 勝利よりも勝ち誇るに値する敗北がある’

フランスの哲学者、ミシェル・ド・モンテーニュの言った言葉だ

そしてそれは、部室の黒板にまで掲げた、あたしの大好きな言葉でもあった

モンテーニュは、更にこんな言葉も残している

‘いつかできることは、すべて今日でもできる’

今実感する、まったくその通りだと

そうだよな、今頑張れない人間が、後でなんか頑張れるわけがないんだ

それなのに…あたしはあの日、かけがえのない仲間を傷つけた

でももし、まだその言葉の通り、助けられる希望が二、三ミリでも残ってんなら、もう敗北なんていとわない

歯が折れて涙で顔がぐじゅぐじゅになろうと、決して諦めない

たぶん、がむしゃらに頑張って一つでも自分で変えられたなら、またその次も変えられる気がするから

傷つけたなら、取り戻せる
あたしの、数々の負けて得た栄光や知識を、今夜惜しみなく使いきる

時間がないんだ…、今晩で全てが終わっちゃう

けどな、こんなんじゃ終われない、絶対ウィッチになんか終わらせないよ

今さらやるだけ無駄な努力かもしれない…
だけどな、どうやってもこれだけは譲れないんさ

理屈なんかない
あたしが、あいつらのリーダーなんだから

あたしだけ綺麗なままじゃ終われないじゃん
少しくらい、あたしだって傷つかなくちゃ

(ゆり…待っててな、ごめんな )
しこたまサプライズ持ってって驚かしてやるから

泣かしちゃった分を補えるだけの要素を持ってってやるから

傷つけちゃったのは、そのあと、ちゃんと謝罪するからね

ライブ、必ず連れてってやるからな


-花火大会当日- 午前5時半-

いつも通りの朝がきた、ついにこの日がやってきた

薄暗く、まだ街も太陽も眠っている時間
あと一時間もすれば、街は夏の朝日とともに活気で溢れ、静寂が消えていく

最終日の今日もまた、何ら変わらず街は平穏に夜まで続くだろう

「…さて 」
驚くほど眠気もなく、あたしは布団から起き上がる

四畳半の部屋には、挫折をする前のあたしが揃えて残した、作戦内容と道具が散乱している

近くの中古ショップで買ったリモコン付属の二つのラジカセに、カメラ付きラジコンヘリコプター
前に有珠の作戦で一度使ったアリス服、ベースで使う事になる延長コードリール、それに無数の小道具

挫折後のあたしがそれを受け継ぎ、学生カバンに入るだけぎゅうぎゅうに押し込んでいく
支度を済ませ、適当に辺りに放り投げられていた制服とソックスを十秒とかからず着込み
充電器にささっていた携帯電話をポケットにしまう

部屋を出て、蚊に刺された首元を掻きながら
なんとなくリビングで牛乳を一杯飲む
寝起きの唾は潤い、少しの名残を残して舌に絡んだ

そしてあたしは、大がかりな荷物を抱え、玄関へ向かった
かかと部分が踏まれてへたれたローファーを履き

――始まりの朝へ、家を出た

世界一長い一日を、最後の‘弱者の反撃’を始めた

ラジカセはチャリのカゴと、荷台に紐で巻き付けて積み

学校の体育館から無断で拝借した、赤色の丸い巻取りドラム式コードリールも荷台に乗せる
延長コードは三十メートルもあり、三つのコンセントが内臓されている

コードリールはずっしり重く、自転車に乗せると車体が一瞬沈んだ気がした

そして制服姿の背中にはソフトケースにしまわれたベースも背負って
旅にでも出れそうな準備が完了する
チャリの前も後ろも笑えるくらいの積み荷でいっぱいだった

しかしその出発の前に、チャリのスタンドを倒す前に、やらなければいけな
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