第49話


炎天下など吹き飛ばしてしまいそうだった

「はぁ はぁ…っ 」
滲む呼吸と錆びついたチェーンの音だけが、かんかん照りの坂に響く

あたしは日だまり喫茶店を出て、更に坂を上った


***

昼前、以前に一度だけ来た桐島の家の近くに到着する

太陽は頭上にそびえ、コンクリートの上には陽炎が浮き上がっていた

じっとしてるだけで全身から汗が噴き出てくる、そんな時間帯だ

生い茂った近くの茂みに自転車とベース、それからカバンやら手荷物を隠し、家の周辺をうろつくようにチェックし始める

(やっぱし、ここしか…ないよな )
何度も家の真ん前に付けられた監視カメラの範囲外を確認し
車が置かれた車庫に侵入する方法を考える
何べんと知恵を絞ってみても、どうやらそれには、家の脇の‘柵’からよじ登るしかなさそうだった

(……… )
身動きを止め、周囲に神経を集中する
辺りに人の歩く気配はなく、むしろ不気味なくらいに穏やか日常が広がっていた

細く連なる鉄製の黒い柵は見るからに熱く、確かめるように軽く手のひらで触れただけでもじんじんと伝わってきた

(さて…やるか )
気合いを込めた拳をぐっと握り、緊迫感を無視して意思を固める

次の瞬間、あたしは目の前の柵に助走もつけずに思いっきり飛び乗った
頑丈な柵はびくともせず、小さな効果音だけを鳴らした

全長およそ二メートル以上はあると思われる柵、その連なる間隔に片足を挟み込み
そしてがじがじと、両手両足でよじ登っていく

「はぁ…ぁっ 」
手の薄皮が剥けそうになり、鉛臭い熱に擦りながら、けれども瞳は頑として強く真上を目指し続ける

(ぅっ…くそッ )
垂直にそびえ立つ柵を丸腰の素手だけで登るというのは、思ったよりもずっときつかった…

時間が経てば経つほど、直射日光に体力を削られ、手は汗でするりと滑り、途端に疲れきった片足が外れて落ちそうになる

コツが中々掴めない、でももたついてる暇なんてない
通行人、ましてや桐島に見つかれば、もうこの瞬間で言い逃れは出来ないんだから

「はぁ…はぁ 」
こんな物理的な障害になんか負けてたまるか

(絶対止まるもんか…っ)
意地でも歯を食いしばり、引きずるように何度も手を上へ上へ伸ばしていく

数分もの時間をかけて、そんな葛藤の末、あたしはやっとのことで柵の頂上に手をかけた

「はぁ…やったぞッ 」
だくだくの汗を滴らせ、息を切らしなから
あたしは桐島に見せつけるように、とてもかっこいいという言葉とはかけ離れた姿で、思わずそんな声を漏らした

静かに敷地内に飛び降り、まずは計画通りに潜入の成功だ


***

泥棒は、こんな気持ちで人の家に不法侵入をするのだろうか?

(………)
世界が止まったように、敷地内には当たり前に日中の静けさが漂い、それが余計にあたしの恐怖心を煽った

そのまま息を潜め、忍び足で車庫の中に侵入する
途端に嫌な汗が首筋に溢れ、心臓が締め付けられるような小刻みな鼓動を打つ

今すぐにでも逃げ出したい、その薄暗い敷地に、そばでは悪魔が笑っていた

(ドクンッ……ドクンッ )
白昼堂々と、敵地のど真ん中を摺り足で進んでいく

ガレージのシャッターは半分開いたまま、中には黒色の車が一つだけ置かれていた
いかにも高そうなその車種の下にすぐさま潜り、背を地面に当てて探る

あたしが持ってきたものはガムテープと奏の携帯だけだ

(ぬー…暗くて よくわかんねー )
車体の下は暗く冷たく、どこが安全な設置場所なのかなど到底わからなかった
けれども同時に、夕方まで携帯が熱でやられ
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