「はぁ…あぢぃー 」
喉元に唾を絡ませて、がらがら声で言う
現在あたしは、時計台の前に立つ、古い四階建てビルの前にいる
幸いにも今日は日曜日で、ビルに入っている企業の人が働いている様子は見受けられない
裏手に回り、日光に焼けた裏口の扉に手をかけると
(あいてる…?? )
鍵が、開いていた
どう侵入するか悩んでいただけに、あっさりと意図も簡単に開いた事に不安感を募らせながらも
あたしは中へ入った
潜り込み、低い姿勢で辺りを伺う、入り口のすぐ真横に階段を見つけた
(いや、階段は…さすがに無理だ )
そのまま台車を押して通過し、電気もついていない暗い廊下をこっそり進んでいると、ぽつりと、小さなエレベーターを見つけた
(誰も、いないよな )
鍵のこともあり、今このビル内に人の行き来がある可能性を考えれば、エレベーターを使うのはアウトだ、危険すぎる
(大丈夫、きっと大丈夫 )
根拠なんてなかった、足は震えていた
だけど、幾戦と戦い抜いてきた自信が、仲間と過ごしてきた日々が、汗ばんだ背中を強く強く後押ししていた
「……… 」
ゴクリと粘っこい唾を飲み、危険の連続に臆することなく、あたしは一歩を踏み出した
箱の中に他の人の姿はなく、冷暗なまでに殺気めいた空気だけが漂っていた
逃げることのできない緊迫した空間の中で、汗でしめった手のひらを握り、早く四階に着くことをだけを願った
駅のようなアナウンスや音もなく、エレベーターは無音で四階に着いた
扉がゆっくり開くと、そこは一階にも増して鬱蒼と暗い光景が広がっていた
フロアにテナントは入っておらず、床は埃とも汚れとも言えないモノで侵されていた
とても人が何かをするような場所ではない
(屋上を…探さないと )
怯むことなく、あたしは台車を押した
散策していると、どうやら屋上に通じる扉は、突き当たりの階段から通じる、通用口の扉だけのようだった
およそ十数歩ある段差には、鉄製の扉の小窓から微弱な陽光が注がれている
台車は階段の下に置いたまま、いったんあたしだけで屋上の通用口に近づいていく
(…! )
裏口も開いていたからどうかと思ったが、やっぱりだ
屋上の薄い扉にも鍵はされていなかった
…ガチャッ
ドアノブを右にひねり、勢いよく押し開く
埃臭い空間からやっと開放され、目の前には真っ青な空が眩しく輝いた
なんの変哲もない小さな屋上には自動販売機が一つだけ、もちろん人の姿などなく、他には何もない殺風景が広がっている
先にカバンとベースを野外に下ろし、日陰に置く
身体にまとわりつく汗を払い、あたしはしゃきしゃきと作業を始めた
外気を受けた階段に戻り、台車からアンプを持ち上げる
底に両手を当て、ふっと息を止め、渾身の力を振り絞り抱えあげる
優に四十キロ以上はある黒い塊を、まずは一段目に乗せる
「はぁ…はぁ 」
あまりの重量に手のひらは感覚を失い、膝が驚いてガクガクしていた
(いや、あと十回繰り返すだけだ、それで完了なんさから )
すぐ目の前の屋上への境界線を見上げ、焦げ臭さの先に広がる
あの青空を目指して――
あたしは作業を続けた
***
手は水気を失い、白いかさかさだらけになっていた
胸を押し付け、ブラウスに新しい汚れを作っては、またアンプを持ち上げる
そして、高い高い一段に下ろす
腰がやられそうだ、一歩進むにつれて痛みが全身を貫き、すでに疲労困憊の身体にその作業は拷問だった
開きっぱなしの扉からは真夏日が差し込み、たまに微風が吹き抜ける
(はぁ
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