「ぅっ…グスッ…」
深い沼の底のような暗闇に、むせび泣く死体が一体
音も途絶えた部屋の隅に、軋むほど身を縮こませ、その瞳からは止めどなく涙を滴り落としていた
血が混じったような辛い涙に鼻筋をツンとさせ、喉仏をいがらっぽく痙攣させる
手を伸ばし、辺りに転がった携帯を手探りで取り、現在時刻を確認する
「もう十二時…… 」
たった今、タイムリミットを過ぎた
今ごろ、駅前では最後の通り魔事件が実行された頃だろうか
最後まで待ち続けた希望は、漠然と過ぎていく時間という絶望に、意図も簡単に砕け散った
私のした行動など、余りに無力だった…
「…ッ…グスッ…」
悔しいような、どうしようもない何かが許せなくて
込み上げた大粒を止めようと、欠けるほど歯をきつく噛み込んだ
まぶたを痛いほどぎゅっと閉じて、立てた両膝の間に頭をうずめ、地肌に爪痕が残るほど髪をぐしゃぐしゃに右手で掴んだ
痛みで現実を誤魔化すことくらいしか、私には出来なかった
(ごめん……灯 )
ウィッチを捕まえる事、皆でライブに行く事
皆が残してくれた今日までの道しるべを、私は台無しにした
灯とすれ違ったまま、こんな結末を迎えさせてしまった
もう、終わった…何もかも全部、終わったんだ
「……グスッ…」
でも、私は馬鹿なのかな…子どもなのかな
そんな性分じゃなかったくせに
なのにどうしても、往生際悪く思っちゃうんだ
‘可能性を’
――時間です、残念です、貴女は間に合いませんでした
――だから夢は諦めて下さい
そう目の前のデジタル時計に突きつけされた
それでも、私は頑なに視線を向け続けてしまうんだ
反抗的に指を押し付けて、遮るように、受信メールのフォルダを開いてしまうんだ
……向き合う力なんてない
…どうせ一人じゃだめだろう
…場所さえ、方法さえ分からない
けど、皆と繋いできたこの夢だけは、手放せないんだ
携帯の受信メールを、すがるように九月一日から読み返す
そこには、嘘っぱち一つない二週間という期間
皆と育てた‘本物’の夢が、かさぶただらけの努力が、そのたびに負った傷痕が
それでも尚、懸命に模索し続けてきた栄冠への道筋が
最後まで諦めなかった希望が
くっきりと、鮮明に残されてた
(…ひより…有珠… 灯 )
――いやいや、だから、どうすることも出来ないって!、もう手遅れなんだって!
(手遅れ…? )
違う!、まだ遅くなんかない
私だけだって、やらなくちゃ、やり遂げなくちゃ
絶対、だめだっ!
………
まだ現場も見ていないじゃないか、結果なんて分からないじゃないか
まだ、敗北者と名乗るには早すぎる
引き際は、きっとこんな場所じゃない
真実を迎え、消えた後もちゃんと皆が積み上げて残してくれたモノを、無くしたくないと手の中が叫んでる
手の中の文字達が、進むべき道を進め!と、確かに私に投げかけている
「…行こう 」
瞳を拭い、立ち上がろうとした
―ダンッ!
(…っ!? )
――そのときだった
小さな灯火が野心を取り戻したとき‘それは’勝機を連れてやってきた
――ダンッダンッダンッ!!
(??何の…音? )
唐突に非常階段側から響いた、溢れんばかりの音
――ダンッダンッダンッ!!
車の騒音?人の声?スピーカー?
違う、それは‘何かが’沼の底に沈んだ死体めがけて、物凄いスピードで駆け上ってくる足音だった
扉一枚越しだろうと絶望の予定を粉々に吹き消す、真夜中の静寂を蹴散らす衝動音
鳴り響く足音に、はっと微かな
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