第53話

「ぅっ…グスッ…」

深い沼の底のような暗闇に、むせび泣く死体が一体

音も途絶えた部屋の隅に、軋むほど身を縮こませ、その瞳からは止めどなく涙を滴り落としていた

血が混じったような辛い涙に鼻筋をツンとさせ、喉仏をいがらっぽく痙攣させる

手を伸ばし、辺りに転がった携帯を手探りで取り、現在時刻を確認する

「もう十二時…… 」

たった今、タイムリミットを過ぎた

今ごろ、駅前では最後の通り魔事件が実行された頃だろうか

最後まで待ち続けた希望は、漠然と過ぎていく時間という絶望に、意図も簡単に砕け散った

私のした行動など、余りに無力だった…

「…ッ…グスッ…」
悔しいような、どうしようもない何かが許せなくて
込み上げた大粒を止めようと、欠けるほど歯をきつく噛み込んだ

まぶたを痛いほどぎゅっと閉じて、立てた両膝の間に頭をうずめ、地肌に爪痕が残るほど髪をぐしゃぐしゃに右手で掴んだ

痛みで現実を誤魔化すことくらいしか、私には出来なかった

(ごめん……灯 )

ウィッチを捕まえる事、皆でライブに行く事

皆が残してくれた今日までの道しるべを、私は台無しにした

灯とすれ違ったまま、こんな結末を迎えさせてしまった

もう、終わった…何もかも全部、終わったんだ

「……グスッ…」

でも、私は馬鹿なのかな…子どもなのかな

そんな性分じゃなかったくせに

なのにどうしても、往生際悪く思っちゃうんだ

‘可能性を’

――時間です、残念です、貴女は間に合いませんでした

――だから夢は諦めて下さい

そう目の前のデジタル時計に突きつけされた

それでも、私は頑なに視線を向け続けてしまうんだ
反抗的に指を押し付けて、遮るように、受信メールのフォルダを開いてしまうんだ

……向き合う力なんてない

…どうせ一人じゃだめだろう

…場所さえ、方法さえ分からない

けど、皆と繋いできたこの夢だけは、手放せないんだ

携帯の受信メールを、すがるように九月一日から読み返す

そこには、嘘っぱち一つない二週間という期間
皆と育てた‘本物’の夢が、かさぶただらけの努力が、そのたびに負った傷痕が
それでも尚、懸命に模索し続けてきた栄冠への道筋が

最後まで諦めなかった希望が

くっきりと、鮮明に残されてた

(…ひより…有珠… 灯 )

――いやいや、だから、どうすることも出来ないって!、もう手遅れなんだって!

(手遅れ…? )

違う!、まだ遅くなんかない

私だけだって、やらなくちゃ、やり遂げなくちゃ

絶対、だめだっ!

………

まだ現場も見ていないじゃないか、結果なんて分からないじゃないか

まだ、敗北者と名乗るには早すぎる
引き際は、きっとこんな場所じゃない

真実を迎え、消えた後もちゃんと皆が積み上げて残してくれたモノを、無くしたくないと手の中が叫んでる

手の中の文字達が、進むべき道を進め!と、確かに私に投げかけている

「…行こう 」

瞳を拭い、立ち上がろうとした


―ダンッ!

(…っ!? )
――そのときだった

小さな灯火が野心を取り戻したとき‘それは’勝機を連れてやってきた

――ダンッダンッダンッ!!

(??何の…音? )

唐突に非常階段側から響いた、溢れんばかりの音

――ダンッダンッダンッ!!

車の騒音?人の声?スピーカー?

違う、それは‘何かが’沼の底に沈んだ死体めがけて、物凄いスピードで駆け上ってくる足音だった

扉一枚越しだろうと絶望の予定を粉々に吹き消す、真夜中の静寂を蹴散らす衝動音

鳴り響く足音に、はっと微かな
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まろやか投稿小説 Ver1.30