「‘皆 待ってるさよ’」
「皆って? どういう事? 」
その言葉に、思わず耳を疑った
更けこんだ暗闇の中、灯がさらっと突拍子もない言葉を放った
「ひより、有珠、それから奏もだ 」
「いや、だからなんで…、だって二人は…! 」
そうだ、二人は痛みによって散ったはずだ
今夜、カルマと向き合っていたはずなんだ
訳がわからず、一人取り乱したときだった
不規則に揺れる暗闇の先、灯がこちらを向いて
一歩引いたように、意味ありげに‘ニッコリと’笑っていた
「――ッ 」
その表情を見て、私は芯にグサリときた
(まさか…灯 )
私は、灯ならやりかねない‘大遅刻の理由’を静かに悟った
と同時に、月明かりに照らされ、初めて晒された目の前の人物の現状が、まさにそれを物語っていた
(……あかり )
灯は、布切れのようにボロボロだった
灯は、溝ネズミのようにぐちゃぐちゃだった
それなのに、私の前で、子どものような瞳で笑っていたんだ
「指、擦り傷だらけだよ? 左手も…腫れが」
弦楽器でしか出来ないような指の切り傷、左手首は痛々しく真っ赤に腫れていた
「転んだ」
灯は適当な返事をした
「髪、すごいぐしゃぐしゃだね 」
どれだけ全力疾走したらそうなるのか、髪はひどくはねてボサボサだった
「ちょっとな 」
また、生返事をした
「制服、泥だらけだよ…っ」
ブラウスはあちこち真っ黒に、部分的に擦れていた
「そうだな 」
そのやり取りだけで、今日一日、灯が何をしたのかは明白だった
「ねぇ、灯 あのね」
目の前の姿を見て、ありったけのサプライズを知って
言葉じゃ言い表せない感情が、小声で溢れた
「本当にね… ありがとうね…ッ 」
「おう 」
夏夜の解放感に流れた最後の返事だけは
なぜか深く小さく、そして何にも増して優しく、胸に染み込んだ
顔を髪で伏せ、声を震わす私に
リーダーは近づき、顔は合わせず、ただ私の髪をぐりぐりと撫でた
心なしか、身体中の傷達も誇らしげに笑っている気がした
「わりぃ、あたしさ、仲間外れ好きじゃないから」
「馬鹿だから、遅刻しちゃった」
***
灯は、とっくにもう戦ってきていたんだ
皆を繋ぎ会わせるという途方もない一か八かの戦いを、それもたった一人
ろくな時間さえ残されていない中
死に物狂いあがいて、こんな姿に成り果てて、ここまで紡いできてくれたんだ
「灯…… 」
そうして、この土壇場にきて、ついにシナリオがひっくり返った
全ての伏線が、歯車をがっちりと噛み合わせたんだ
病んでまで街を利用したクラッカー
大嘘の幼き仮面をつけた道化師
仲間の為なら満身創痍で爆走さえするリーダー
もしかしたら、本当に勝てるかもしれない
いや、勝てない理由が見つからない
(やっぱり、灯の優しさには敵わないな )
***
「時間がないから、手短に説明するさよ 最後の作戦‘まぐろ剣士’」
文化祭のようなワクワクしたノリで、灯は今晩の作戦の趣旨、そして二人が待っている事を息継ぎなしで話した
灯は実に見事な大胆不敵な計画を企ていた
その大層なもくろみは、夏の香りと共に私の鼓動にまで反映させた
「ぉ、そういやリリスも、ちゃんと持ってきてくれたんだなー 」
にっこり笑って、灯はリリスの入ったギターケースをポンポン叩いた
「誰にも見つからないように運ぶの、大変だったんだからね 」
油断すると、また涙が目の端から溢れてきそうで、そんなことを言って私ははぐらかした
「ぉー アリガトな 」
「あっ、そうだ! 」
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