第54話

「‘皆 待ってるさよ’」

「皆って? どういう事? 」
その言葉に、思わず耳を疑った

更けこんだ暗闇の中、灯がさらっと突拍子もない言葉を放った

「ひより、有珠、それから奏もだ 」

「いや、だからなんで…、だって二人は…! 」
そうだ、二人は痛みによって散ったはずだ
今夜、カルマと向き合っていたはずなんだ

訳がわからず、一人取り乱したときだった

不規則に揺れる暗闇の先、灯がこちらを向いて
一歩引いたように、意味ありげに‘ニッコリと’笑っていた

「――ッ 」
その表情を見て、私は芯にグサリときた

(まさか…灯 )

私は、灯ならやりかねない‘大遅刻の理由’を静かに悟った

と同時に、月明かりに照らされ、初めて晒された目の前の人物の現状が、まさにそれを物語っていた

(……あかり )

灯は、布切れのようにボロボロだった
灯は、溝ネズミのようにぐちゃぐちゃだった

それなのに、私の前で、子どものような瞳で笑っていたんだ

「指、擦り傷だらけだよ? 左手も…腫れが」
弦楽器でしか出来ないような指の切り傷、左手首は痛々しく真っ赤に腫れていた

「転んだ」
灯は適当な返事をした

「髪、すごいぐしゃぐしゃだね 」
どれだけ全力疾走したらそうなるのか、髪はひどくはねてボサボサだった

「ちょっとな 」
また、生返事をした

「制服、泥だらけだよ…っ」
ブラウスはあちこち真っ黒に、部分的に擦れていた

「そうだな 」

そのやり取りだけで、今日一日、灯が何をしたのかは明白だった

「ねぇ、灯 あのね」

目の前の姿を見て、ありったけのサプライズを知って
言葉じゃ言い表せない感情が、小声で溢れた

「本当にね… ありがとうね…ッ 」

「おう 」
夏夜の解放感に流れた最後の返事だけは
なぜか深く小さく、そして何にも増して優しく、胸に染み込んだ

顔を髪で伏せ、声を震わす私に
リーダーは近づき、顔は合わせず、ただ私の髪をぐりぐりと撫でた
心なしか、身体中の傷達も誇らしげに笑っている気がした

「わりぃ、あたしさ、仲間外れ好きじゃないから」

「馬鹿だから、遅刻しちゃった」


***

灯は、とっくにもう戦ってきていたんだ

皆を繋ぎ会わせるという途方もない一か八かの戦いを、それもたった一人
ろくな時間さえ残されていない中

死に物狂いあがいて、こんな姿に成り果てて、ここまで紡いできてくれたんだ

「灯…… 」
そうして、この土壇場にきて、ついにシナリオがひっくり返った
全ての伏線が、歯車をがっちりと噛み合わせたんだ

病んでまで街を利用したクラッカー
大嘘の幼き仮面をつけた道化師

仲間の為なら満身創痍で爆走さえするリーダー

もしかしたら、本当に勝てるかもしれない
いや、勝てない理由が見つからない

(やっぱり、灯の優しさには敵わないな )


***

「時間がないから、手短に説明するさよ 最後の作戦‘まぐろ剣士’」
文化祭のようなワクワクしたノリで、灯は今晩の作戦の趣旨、そして二人が待っている事を息継ぎなしで話した

灯は実に見事な大胆不敵な計画を企ていた

その大層なもくろみは、夏の香りと共に私の鼓動にまで反映させた

「ぉ、そういやリリスも、ちゃんと持ってきてくれたんだなー 」
にっこり笑って、灯はリリスの入ったギターケースをポンポン叩いた

「誰にも見つからないように運ぶの、大変だったんだからね 」

油断すると、また涙が目の端から溢れてきそうで、そんなことを言って私ははぐらかした

「ぉー アリガトな 」

「あっ、そうだ! 」


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