第56話

――‘三分半’

ひよりが灯との通話で話していたクラックの限界時間
そして、カルマが終わる所用時間、それが約三分半だ

皆が身を削って託してくれた、皆の想いが詰まった、このかけがえのない‘三分半’以内で

私は、ウィッチに一撃を与える

背に受けていた駅からの白い光も今は消え、隠れていた夜空の広大さに街が溺れる

闇の隙間からは、ウィッチの細い呼吸だけが溶けて聞こえてくる

何がどうなっているのか

いきなり自分と同じような黒ずくめの二人組に邪魔をされ
かと思えば、街からは明かりが消え、突如として爆音が鳴り響く

態度に示さなくとも、その浅い息が、平静を失った通り魔の動揺を表していた

(………)
背負っていたギターケースを下ろし、身の丈ほどもある大刀を抜き出す

夜の中でも、咲き誇ったように、アマリリスがおもてをあげる

「なんだよ…それ… なんで…! 」

あり得ない存在を前に、ウィッチの言葉が揺らいだ

「貴方だけじゃないんですよ、一度死んで、こんな化け物を手にしてしまったのは 」
重さゼロの刃を月明かりにかざし、私は口にする

「………」
ウィッチは何も言うことなく、しかし逃げるわけでもない

沈黙し、佇んでいる
こいつを殺すか殺さないか
まるでそう考えているようで、…ぞっとした

「一つ 教えてください 」

虫一匹たりとも通さない張り詰めた空気が、重苦しく私の喉を締め付ける

「もし、私が貴方に傷をつけられたら、貴方の正体と、どうしてこんな事をしたのかを、教えてください 」

謎だらけの連続通り魔犯を前に、強張った声で私は条件を突き出した

「……何者なんだよ…お前ら 」

疑問ではなく、怒りの矛先として呟いた
そんな条件は、ウィッチからすればどうでもよかったに違いない

「―っ!? 」

なぜなら目の前で、私へ向けられた剥き出しの殺意が
今にも飛びかかってきそうなほど、恐ろしく本気の‘姿勢’を作り出していた

――ギチッ…

ウィッチが凶器を強く握りしめ、私の胸めがけて構える

「………ドクンッ」

‘死’に直結した恐怖を突きつけられ、たちまち爪先から頭までを包み込む

アマリリスを握る右手がピリピリと痺れて、足の感覚を失う

無言で、コツコツとコンクリートに足音を響かせて、ウィッチは私との間合いを詰めていく

(違うだろ 今更何を恐れるッ もう負けられないんだぞッ )

そのとき、頭上にはラジコンヘリコプターが見えた

(…有珠、背中は任せたからね )

余計な明かりを消し、夜光だけが騎士の星を静かに反射させ、エールを送り続けている

(ひより、もう少しだけこの子を‘暗がり’に照して )

カルマの激しく贅沢な、溢れんばかりのエレキギターの爆発音が耳で跳ねて暴れまわっている

(灯、ちゃんと届いてるよ )

リスクまでも共有する、頼もしい仲間達のフェイクのおかげで

警察官がこちらに来る気配はない

気がつくと、桐島逸希のGPS付きの車はなくなっていた

「…スゥー 」
お腹いっぱい夜更けの香りを吸い込む
そうだ、怯むことなどない

嘘じゃない、ついに私達はここまできたんだ
ここが、私達の夢の着地点だ!

正真正銘、一騎討ち、猟奇的通り魔と刃を交えるとき

この街の謎を抱え持つウィッチを、今こそ、私とアマリリスで引きずり下ろすときなんだ!

(ひより、有珠、奏、灯… )

アマリリスをきつく握り締め、凛とした決意で迎え撃つ

―勝てる、勝てる、勝てる!!

背伸びをして、世界最高峰の主題歌を背に浴びて、私は得意気にスタンバイする

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まろやか投稿小説 Ver1.30