第58話

ハルの胸にざっくりとアマリリスを斬りつけ、その衝撃でハルは横に弾き飛ばされた

電柱横の建物のシャッターに背を打ち付け、そのまま身を地面にずるずると落としていく

足をだらんと伸ばして座り込み
シャッターに完全にもたれて、頭と首だけがこつりと前へ垂れ下がっていた

「…お前だったんだな、美弦の携帯の拾い主 」
生傷に痛む身体を置いて、ハルは俯いたまま、どこか安心したように静かに微笑んだ

「教えてくれませんか、貴方のウィッチになった理由と訳 」

「…まぁ、約束だしな… 」
ウィッチは何か意味ありげな間を入れ、そして決心したように口を開いた

「じゃあ、言われた通り、話すよ…美弦と俺とウィッチの事 」

屍にも似た通り魔の少年は、それからフードを捲って顔を晒した

目の下にはくっきりの隈、やつれた真っ黒の瞳に青白く血色の悪い肌、バッツリ雑に切られた前髪

オッドアイや赤茶の髪やピアス、そんな特異なものは何もない

どこにでもいる、至って普通の男子だった

そしてハルは、然も他人事のように、この街の真実を語り始めた

カルマの止んだ駅前からは、パトカーのサイレンが掻き鳴り、響いていた

***

それから、私は知った

一年前の日に同じ海で自殺により溺れ死に、同じ病院にいた事

同学年で、聖蹟桜ヶ丘男子校の生徒だという事

魚の武器の名は、メリッサ、メルトであるという事

そしてその全ての始まり、弟が目の前で轢き殺された事も

その犯人や加害者が今まで通り魔という名で斬ってきた人物であり
更には、それが桐島逸希であるという事

悪…などではなかった
敵などではなかった

彼が一番の被害者だった、それはそれはもう元の形を失うほどの、被害者だった

本当は、暴いた後に言うつもりだった
警察に自首して下さい
私達をライブに行かせて下さい
ついでにこの体温が治る方法があれば教えて下さい

……無理だ、そんな事、言えるはずがない
彼が覗かせた痛みは、大切な人を失った悲しみは

病弱な、どこにだっている高校生男子を通り魔にさえさせてしまったカルマは

とてつもなく大きく深く、そして複雑に絡み合っていた

言葉を失った、呆然と立ち尽くしてしまった

この状況で、私は適切な言葉や行動を何ひとつとして見つけられなかった

ただ唯一、深く被っていたフードを捲り、私は顔をウィッチの前に見せた

「…私が、出来ることは―― 」

不意に、どこから口走って漏れてしまった軽はずみの偽善発言は

――バチンッ!

丁度生き返った、膨大な光にかき消された

ウィザードの限界時間だった
街は人工色を取り戻し、徐々に静寂が去っていく
長時間の闇に慣れた瞳には、それはひどく眩しかった

灯と揃って駅のほうを見つめ、目を細めているときだった

………

ふと、見直したシャッターの前には

……跡形もなく、もうハルの姿はなくなっていた

私達の二週間追ってきた作戦の幕引きは
あまりにも残酷な真実であり、現実を痛感したものだった


終わりが、新たな旅路の始まりを告げた


***

「しゃーない、しおどきさね 」

突っかかりは残るものの、仕方なく、灯のその一言により私達は作戦を終了した

警察官や通行人に見つかる前に駅を脱出する

辺りに放置されていたギターケースを拾い上げ、中にアマリリスをしまう

人を斬ったにもかかわらず、アマリリスの刀身は使用前と変わらず、血の汚れひとつなく純銀色に輝いていた

刺された肩は、先程までの激痛は消え、右手も動かせるようになっていた

それはまるで、元か
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まろやか投稿小説 Ver1.30