第59話

「おかえりなさい ゆりちゃん」

長い長い夜の後に来た幸せは、こんなにも正直に胸を癒した

「ひより… 」

たった何日ぶりなのに、その声は誰より優しく、物凄く久しぶりに感じて
でもその中で、確かに変わらないものはちゃんとあって

いつも部室に一番乗りで迎えてくれる、一生忘れられそうにない穏やかな包容がそこには待っていた

「ひより、本当に…‘諦めないでくれて’ありがとう…ッ 」

奥歯で涙を噛み込んで、けれど笑顔の両脇からは抑えきれずぽろぽろと滴がこぼれていた

私は、ひよりと再会した

カーディガンを着ていない、眼鏡も外したウィザードの姿のひよりが
カウンターの奥、奏がいつも籠もっていた場所でパソコンをいじっていたのだった

カウンターから出て、ひよりは私の前に立った

私は腕を伸ばそうとした、けれどひよりを抱きしめたりは出来ない
その事を思い出し、サッと…手を引っ込める

肌を合わせる事は出来ない少女なんだ

でも、それでも

(――ッ! )
ひよりは、私を抱きしめたんだ

きつくきつく、痛く抱きしめてくれたんだ

「ゆりちゃん、本当にお疲れ様でした、おかえりなさい 」

一秒でも深く、本当に久しぶりに触れた愛しい体温だった

「ひより……ッ 」
鼻水はしつこく唇を濡らして、まだ熱い頬の熱をひよりの胸に押しつけた

そして、ひよりは私に見せてくれた
携帯電話のアドレス帳にしっかりと刻まれた

その‘伊藤拓未’という名の、カルマへの勝利の証を――


もう一度だけ、言います

私は、ひよりと再会しました


***

「……おかえり…」
ボソッと、どこからともなく黒いオーラを纏った奏がお店の奥から顔を出した

「ただいま、奏も色々ありがとう 」
奏は瞳を泳がせて、感情のない顔でこくりと頷いた

仏頂面のこの子の引き立てのおかげで、実に私達は影で救われた

あの公園のベンチで、寄り添ってずっとずっと泣きながら食べたシナモンロールの味は今でも忘れない

そっと、私はカバンからウィッチコートを取り、差し出した

「ちゃんと、やり遂げたよ 」

あれからここまで頑張って、最後まで諦めなかったよ

そう、コートの上にしっかり添えた

奏はコートを両手で受け取り、薄い生地のそれを大事に大事に、胸に抱いた
少しだけ、ほんのちょっぴりだけ、視線をコートに落としていた口元が微笑んだ気がした

「ほんじゃ ゆりっ あたしは最後の後始末があるから 行ってくるさよ 」

「ぇ、後始末って? まだ何かあるの? 」

「おうっ、でも大丈夫さよ、すぐ帰ってくるからさ 」

そうニッコリ言い残し、灯はまた扉を開けて闇に舞い戻る

後には、あまりに灯らしくない無垢で楽しげな足音だけが、外から無防備に響いていた


***

ほどなくして、灯は言葉通りすぐに帰ってきた

一旦引いた汗をまたダラダラとまとわりつかせて、はにかみ笑いを浮かべてドアを開けた

「はぁ…はぁ はい、奏 」
磨り減った薄い底のローファーを鳴らして、そのまま奏の前へ歩き‘それ’を差し出す

ウィッチコートと

べたべたのガムテープ跡がついた‘携帯電話’だった

「…はぁはぁ アリガトな、こいつのおかげで、あたしらは舞台に立てた 」
フルマラソン後のような息の切らし方のまま、灯は感謝の表情を浮かべる

「………」
奏は黙り込んだまま、右手の中で汚れた携帯を満足げに握りしめていた


………

それから、三十分程の時間が経過した

ひよりはカーディガンと眼鏡を身につけ、パソコンをいじっている
灯はテーブル席に
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