-9月15日-(月)-
新着メール一件
(non title) -本文-
「今まで、巻き込んでごめん…全部俺が悪かった…
だから、もう何もいらないから 何もしないで…いいから 何も関わらないでくれ 」
再出発の船出にふさわしい、清々しい秋の匂いのする七時
私はその一通のメール受信の震えによって叩き起こされた
形見の携帯電話に送られた、斬り合ってから以来始めてのハルからのメールだった
隅から隅まで悲しい色を含んだそのメールの言葉の束
寝起きからの不意討ちの衝撃も相まって、目の前の現実が弾けるようにして覚めたのだった
(ハル…? )
言いようのない…黒文字のシグナル
返信など求めた提案ではない、念を押して言った警告だった
私達が邪魔というよりは、本当に巻き込んだ事に対する罪悪感や謝罪からのように思えた
そして、何もかもを断ち切り、尚も桐島さんを殺すという強い野望からの冷たい決意にも見えた
そのメールの文字はひどく孤独で、べっとりと何かがこびりついて、得体の知れない絶望に彩られていた
「……… 」
どんな複雑な思いをして、どれだけ指先を痛くしてこれを送ったのかと考えると、胸が締めつけられた
とても見て見ぬ振りなど、出来るはずがなかった
「だめだよ…ハル 」
だからベッドの上、寝癖のまま、私は何かしらの行動を返そうと
より深く、知った二人の兄弟の過去に足を踏み入れる事にしたんだ
(もう、他人じゃないよね? )
新しい出航の朝に、美弦の携帯の中に残された受信・送信メールを、読み返す事を決めたんだ
ハルの言葉を振り切り、力の限りを振り絞り、その世界を覗いてみた
見れば、何かが変わる気がした
………
たった二秒と二三回の動作で、その隠され続けてきた扉は開いた
フォルダ内の一番下の季節は、まだ去年の冬だった
何気ない、どこにでもある短文が、いつくも平凡に続いていた
小さな返事や買い出し、夜ご飯や帰宅時間や、生活の空気があちこちから漂ってきた
ドラマのような奇跡も幻はないけど、ちゃんとありふれた幸せはあった
それが、ずっと続いていくはずだったのに…
悲しい結末の小説の最終ページだけを知り、読み進めている気分だった
…どんどん、あの日に近づいていく
そして、それはある時期と事件を境に
そんな当たり前の日常はプツリと消えていた
美弦からのメールが…途絶えた
‘あれさえ’なければ、こんなにまで灰色にくすんでしまう事はなかったに違いないのに
それ以降のメールは読むに耐えなかった
希望を探し続け、居場所をもがき
嘆き、悲しみ、苦しみ、…死に
殺意を抱くまでの経緯や
自演でしか居場所を求められない、痛々しい悲痛な術や
何度も何度も美弦を求めて泣きつく孤独な夜や
受信・送信、それぞれ四百件にも及んだ二人の感情を書き綴った肉筆のEメールは
つい最近まで近づき、代わりにウィッチが生まれ、フォルダを支配した
ハルは死んだ弟に成り済まし、懸命に…自分を壊さないように、最後まで独りぼっちのキャッチボールで前を向こうとしていたんだ
自転車の鍵をなくして一緒に探した事
牛乳と卵をスーパーで買ってきてほしいと頼んだ事
好きなドラマを録っておいてほしいとお願いした事
弟は身体の弱いハルの退院を心から待ち望んでいた事
ハルは…美弦の‘ハンバーグ’が、大好きだった事
あの日のハンバーグが、もう一度だけ一緒に食べたかった事
そんな当たり前な事を、望んだだけなんだよね、貴方は
紺野 春貴というただの男
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