第61話

-9月15日-(月)-

新着メール一件

(non title) -本文-

「今まで、巻き込んでごめん…全部俺が悪かった…

だから、もう何もいらないから 何もしないで…いいから 何も関わらないでくれ  」

再出発の船出にふさわしい、清々しい秋の匂いのする七時

私はその一通のメール受信の震えによって叩き起こされた

形見の携帯電話に送られた、斬り合ってから以来始めてのハルからのメールだった

隅から隅まで悲しい色を含んだそのメールの言葉の束

寝起きからの不意討ちの衝撃も相まって、目の前の現実が弾けるようにして覚めたのだった

(ハル…? )

言いようのない…黒文字のシグナル

返信など求めた提案ではない、念を押して言った警告だった

私達が邪魔というよりは、本当に巻き込んだ事に対する罪悪感や謝罪からのように思えた

そして、何もかもを断ち切り、尚も桐島さんを殺すという強い野望からの冷たい決意にも見えた

そのメールの文字はひどく孤独で、べっとりと何かがこびりついて、得体の知れない絶望に彩られていた

「……… 」
どんな複雑な思いをして、どれだけ指先を痛くしてこれを送ったのかと考えると、胸が締めつけられた

とても見て見ぬ振りなど、出来るはずがなかった

「だめだよ…ハル 」
だからベッドの上、寝癖のまま、私は何かしらの行動を返そうと

より深く、知った二人の兄弟の過去に足を踏み入れる事にしたんだ

(もう、他人じゃないよね? )

新しい出航の朝に、美弦の携帯の中に残された受信・送信メールを、読み返す事を決めたんだ

ハルの言葉を振り切り、力の限りを振り絞り、その世界を覗いてみた

見れば、何かが変わる気がした

………

たった二秒と二三回の動作で、その隠され続けてきた扉は開いた

フォルダ内の一番下の季節は、まだ去年の冬だった
何気ない、どこにでもある短文が、いつくも平凡に続いていた

小さな返事や買い出し、夜ご飯や帰宅時間や、生活の空気があちこちから漂ってきた

ドラマのような奇跡も幻はないけど、ちゃんとありふれた幸せはあった

それが、ずっと続いていくはずだったのに…

悲しい結末の小説の最終ページだけを知り、読み進めている気分だった

…どんどん、あの日に近づいていく

そして、それはある時期と事件を境に
そんな当たり前の日常はプツリと消えていた

美弦からのメールが…途絶えた

‘あれさえ’なければ、こんなにまで灰色にくすんでしまう事はなかったに違いないのに

それ以降のメールは読むに耐えなかった

希望を探し続け、居場所をもがき
嘆き、悲しみ、苦しみ、…死に

殺意を抱くまでの経緯や
自演でしか居場所を求められない、痛々しい悲痛な術や

何度も何度も美弦を求めて泣きつく孤独な夜や

受信・送信、それぞれ四百件にも及んだ二人の感情を書き綴った肉筆のEメールは

つい最近まで近づき、代わりにウィッチが生まれ、フォルダを支配した

ハルは死んだ弟に成り済まし、懸命に…自分を壊さないように、最後まで独りぼっちのキャッチボールで前を向こうとしていたんだ

自転車の鍵をなくして一緒に探した事

牛乳と卵をスーパーで買ってきてほしいと頼んだ事

好きなドラマを録っておいてほしいとお願いした事

弟は身体の弱いハルの退院を心から待ち望んでいた事

ハルは…美弦の‘ハンバーグ’が、大好きだった事

あの日のハンバーグが、もう一度だけ一緒に食べたかった事

そんな当たり前な事を、望んだだけなんだよね、貴方は

紺野 春貴というただの男
次へ
ページ移動[1 2 3 4 5]
TOP 目次
投票 感想
まろやか投稿小説 Ver1.30