第62話


すぐ近くでパトカーのサイレンが聞こえる
脅すような赤色灯の轟音が空気を切り裂き、また新たに仲間を呼び寄せている

妙に静けさを装う街が不気味さを煽り、日中だというのに歩く道がこんなにも暗く狭く感じる

「…どうするの これから 」

「分かんない でもとにかく、アマリリスだけは、あれだけは隠さないと」

裏地を当てもなくさ迷う

ずっとこうして逃げ切れるわけもない
だから、最低限の証拠隠滅だけでも…

「…日だまり喫茶店に、行こう 」

いつ終わりが来るかも分からない恐怖の中を、私達は終始俯き、言葉を交わすことなく黙々と歩いた

曲がり角に殺気を感じたのは生まれて初めてだ…

ビルとビルの谷間も、マンホールの染みも、電柱から垂れた電線も、全てが私達を潰そうと罪の意識を責め立てた

灰色の踏み切りを越え、頼りない足取りでいろは坂を目指した

もう…敗北は確定しているのに

街との生きるか死ぬかの鬼ごっこは続いた

無断で早退し、逃げた学校から離れるほどに、夢も遠ざかっていく気がした

心を削りながら、目指す場所に僅かな希望を抱いて

怯える足は進んでいくのだった…

***

身を隠すことの出来ない坂の一本道はひどく体力を消耗させた

唯一の救いは、まだ追っ手はこちらまで迫ってきてはいない事だった
逆に駅前は集中的にサイレンが響き、私達を引きずり出そうと探していた

(奏…大丈夫かなぁ )
横を車が通りすぎる度に、身が縮むような不安に駆られる

全ての人が、全ての動く物が敵に感じた

闇より深い色をした丘の直線道路を越え、無風の視界の先に日だまり喫茶店のシルエットが見えてくる

「…先回りなどは、されていないでしょうか 」
ひよりが念入りに警戒してポツリと呟いた

「…奏を、信じるしかないよ 」

お店の前にかけられたパンクした自転車が、なぜか更に私の傷をえぐった

いつも入る正面の扉ではなく、裏手に回り、店員用の小さな扉を開く
なんてことなく鍵は鍵穴にはまり、カチャンと強い効果音を響かせて私達の侵入を許した

心霊スポットやホラーよりもずっとずっと怖い薄暗い店内を、私達は敵の気配に怯えながら散策した

「だ、大丈夫 …多分まだ来てない 」
灯の震えた声が、ひっそり静まり返った空気に沈む

「ふぁ、少しだけ気が楽になったのです 」
有珠ちゃんが崩れるようにテーブル席に座りこむ

店内の電気は一切付けず、カーテンをも窓も閉め切り、全ての鍵を全てかけ、私達は引きこもった

「さて…来たはいいけど、ホントにどうするか 」
とりあえずと、灯はアマリリスを隠していた小部屋を開く

「アマリリスだけは、私が持っていかないとだもんね 」

「いずれにしても、時間の問題で警察はここにも来ると思います、どこか別の場所に隠れましょう 」

「…ほにゃぁ 」
この世の終わりのような瞳をして有珠が耳をシュンとさせる

安全な場所なんてない、どのみち私達は捕まるんだ

だったら、私達はなぜ逃げたのか?

きっと、私達がこの二週間で選んだ道は間違いじゃなかった
そう思える為には今ここで捕まったらだめだって、あの場で思ったんだ

なら、逆にもう捕まってもいいって

そう思えるには…何を成し遂げればいいのかな?

………

結局、私達はそれから夕方過ぎまで淀んだ喫茶店の中に身を潜めていた

裏口の扉の鍵だけは開け、いつ車の音が聞こえても逃げれるよう、私はずっとアマリリスの入ったギターケースを背負っていた


***

日だまり喫茶店から動くことも出来ず、刻々と時間だけが過ぎて
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