第63話


夜までもう少し、奏はどれだけ時間をかけてくれているだろう

警察はまだ来ないだろうか?

ひよりがカウンターのパソコンでハンバーグの食材や、とびっきり美味しい作り方を調べてくれている

有珠はフライパンや調味料の在りかを探してくれている

灯はその後の今夜の作戦を念入りに考え、同時に神経を研ぎ澄まして日だまり喫茶店の周囲を警戒している

逃走中のはずが、目的の為ならこんなときまで捨て石になる自分達がいた
一人を救う為、夢中に熱くなっている自分達がそこにはいた

美弦のハンバーグがどんななのかは分からない
チーズが乗っていたかもしれないし、一口サイズだったり、もしかしたらコーンやジャガイモが入っていたりしたかもしれない

でも、私達は王道の、まさにハンバーグというハンバーグを作ることに決めた

四人も入ったら身動きも取れないほど小さなキッチンに、女子高生は大きく楽しげに、全てを賭けた切り札の料理を作り始める

有珠が下の収納スペースから銀色のボールを猫のように身を丸めて取り出し
今度は背の高いひよりが上の棚からフライパンを取り出し、ガスコンロの上に乗せる

銀色の、まさにお店で使うような底の深くないシンプルでオシャレなステンレスのフライパンだ

大切に使われているのか、取手まで鏡のように電球の橙色をピカピカと反射させていた

料理をそそる光沢に、今にも絵本に出てきそうな美味しいご飯が作りたくなる

「ステンレスですか、ちょっと待って下さい 」
ひよりが顎に手を添えて何かを考えこむ表情をする

「む?、何これ?普通のフライパンと違うんさー? 」

「確かステンレスですと、そのまま使う場合は焦げてしまう可能性があります 」

「手順は知っているのですが、一応ちょっと調べてきますね 」
そう言い、またひよりはパソコンのほうに向かった

「時間ないのです、先にゆり切っちゃうのです 」
有珠が玉ねぎをまな板の上に置く

「ゆりって料理するんさー?」

「た、たしなむ程度になら、かな」
ギクリとして、つい見栄を張ってしまう
正直に言うと朝ごはんを作る程度の実力しかない

「で、でも!、失敗は出来ないし、頑張るよ 」

長袖をまくり、いざ切ろうとしたときだった

「ぁ、ゆり、その前にこれ 」

包丁を持とうとした瞬間、すぐ横にいた有珠が私にエプロンを差し出した

「エプロン?? 」

「お料理するときはこれをすると美味しくなるのです 」

奏のだろうか、落ち着いたモスグリーン色に四つ葉のワンポイントが可愛い、丈の短いエプロンだった

制服の上から重ねて背中に細い紐を結ぶ
ポニーテールをあらためて結い直す

流しで両手も洗い、いざ、華奢な素人シェフが厨房に立つ

不慣れな手つきで玉ねぎを細かくみじん切りにしていく
サクサクシャクシャク鳴る感覚がどこか懐かしい

ひよりが帰ってくるまでフライパンは使えず、玉ねぎを炒めるのを待つ間に
冷蔵庫から今作戦をやることを決めた主役の合挽き肉を取り出す

ボウルの中に移し、合挽き肉だけでしっかり練っていく
寸前まで冷やされていた肉は冷たく、刺すほどに指が痛くなった

でも柔らかくなじむまで、真剣に一生懸命に、右手だけは動かし続けた

「お待たせしました 」
ひよりがメモを持って戻ってくる

新たに手に入れたハンバーグの秘訣も携えて、ひよりがステンレスフライパンを火にかける
すると、ためらいもなくプロ顔負けの手さばきで熱していく

中火で温め、僅かに水滴を落とすと、水は表面を滑るように小さな玉になって転がった
僅かな油をくわえて
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