ギィィ……
天体観測の覚めやらぬ熱気の中で、鈍く小さな音が背後から響いた
(……?? )
振り向き視線を向けると、扉が僅かに開いていることに気がついた
その隙間からは影が躊躇するようにひっそり身を潜めて、スラックスの裾だけが映っていた
「……ハル? 」
扉にも届くよう、私は声を出した
「ぇ?? 」
夢中になっていた灯や二人も、私の声でそれに気がつく
そして、スッと、制服に身を包んだ男子高校生が闇から姿を見せた
あの日のような真っ黒のコートも凶器も握られてはいない、私達と同じ制服姿の高校生だ
雲に隠れていた月の明かりが屋上を照らし出し、その顔の輪郭がはっきりと私達の前に現れる
目にかかるほどの髪に、ざっくり雑に切られた前髪
青白い肌、死んだ魚のように生気を失った瞳、その目の下には隈がある
暗いオーラを全身に纏った、痩せすぎなくらい細身、ひよりと同じほどの身長の男子
昨日以来、二度目の低体温者同士の対峙だ
ハルは、約束通り屋上に来てくれた
「……… 」
何も言葉を発することなく、こちらを伺うような冷たい視線を向けていた
「彼が…ウィッチですか 」
「ほにゃぁぅ… 」
ひよりが訝しげに灯に確認し、有珠は少しだけ後ずさっていた
爽やかな屋上の空気が一変し、並々ならぬカルマの闇に急降下する
「ゆり、行ってこい 」
灯が小さく温かい声で背中を押した
「きっと、大丈夫だ 」
自信を込めてリーダーは断言した
「…うん 」
タッパーを後ろに隠しながら、固まった空気の中を歩き、ハルのいる扉付近まで歩み寄る
たった昨日まで敵同士だっただけに、斬り合った中だけに
なんともいえない張り詰めた緊張感が漂っていた
「ここじゃアレだし、階段で…話そっか 」
少しだけ声を緩めて、三人のいない静寂の階段に勧めた
コツコツと足音を響かせて、二人は深い海の底のような段差に腰を下ろした
ハルは足を投げ出して、私は体育座りで両足を丸めて座った
閉まった扉の窓ガラスからは、微弱の白い光がそっと斜めに、まるでさざ波のように階段の上付近にだけ注がれているのだった
***
「なぁ…お前らだろ、こんな朝から警察に追われてんの 」
長い沈黙のあと、ハルが今日初めて口を開いた
「うん、ちょっと…あってね 」
ついごまかしに似たなんとも言えない笑みを向けてしまう
「…そうか……悪い 」
それとは逆に、顔をよそに向けて、ハルは罪悪感を滲ませて深く呟いた
「そういえば、そっちの名前 聞いてなかったよな」
「小林 ゆり 皆ゆりって呼んでるよ 」
すると、階段に伸びるハルの影が僅かに揺れた
一度開かれた口は言いかけた何かを発する事なく閉じた
恐らく言おうとしたその名は、呼ばれることはなかった
「で、渡したいものって、何だよ 」
心ここに在らずといった素振りで、ハルはすぐに切り替えて核心に触れた
「これ、なんだけど 」
そっと、私は足を伸ばして膝の上にタッパーを乗せた
皆で作り上げた、最後の希望
手作りハンバーグ
「…! 」
それは、死んだ弟と兄を繋ぐモノ、未来を託したモノだった
私達四人、奏も、皆がカルマを消化出来た
後に残っているのはハルのカルマだけだ
他とは比べ物にならない、深く深く侵食されたカルマだけだ
「…なんだよ それ 」
明らかに今までとは反応を変え、ハルは視線をきょどらせた
「‘ハンバーグ’作ったの、食べてもらえないかな? 」
「見たのかよ、メール 」
ハルは冷静に、静かな怒りを交ぜて言った
「うん…ごめん 」
次へ
ページ移動[1
2 3 4]
TOP 目次投票 感想