中庭、校舎裏、校門、食堂、寮の部屋、グラウンド。
鈴は思い付く限りの場所は探して回る。
だがそんな鈴の努力を嘲笑うかのように、ふたりの影を掴むことは一向に出来なかった。
――むぅ〜……。
いくら探しても見つからない…。
気持ちばかりがはやり、段々と苛立ちが募りだす。
こんなことをしている間に、こまりちゃんがピンチになっているかもしれないというのに…。
鈴は悔しげに目蓋を閉じる。
するとそこには、ロープで縛られた小毬と、その周囲を「うまうーっ!」と意味不明かつ奇怪な雄叫びを上げながら踊る恭介の姿が浮かんできた。
――……こまりちゃん…っ。
大好きな親友を助けたいのに、自分にはなにも出来ないのだろうか…。
なんら成果を得られなかった徒労感。
そしてなによりも自身の無力さが胸を突く。
いつしか鈴の目端には涙が滲み出していた。
「……っ…」
――泣いたら…。泣いたら負けだ。
必死になって自身にそう言い聞かせるも、無力さから溢れ出る涙は、どうしても止めることが出来なかった。
――その時である。
そんな鈴の涙を察したのか、一匹の猫が動き出す。
……………ドスン。
…………ドスンッ。
………ドスンッ!
……ドスンッ!!
とてもじゃないが猫の足音とは思えない重厚感溢れる震動音が辺りに響き渡る。
一歩踏み締める度に確かな震動が届いた。
地面に転がっている石ころがカチカチと音を発てて転がる程に…。
――そして…。
…ドスンッ!!!
一匹は自らの主人の元へと馳せ参じた。
「ぬぅう〜」
「……ど、ドルジ」
――ドルジ。
それは鈴が面倒をみている猫の名前である。
より正確にいえば猫? あるいは猫(笑)である。
なにせこのドルジ。
特徴はおよそ猫らしくない巨体に、およそ猫らしくない体型、そして猫らしい軽妙な体捌きからかけ離れた鈍重さが特徴の生き物である。
まるでトドみたいな猫、と誰かが言っていたが、思わず納得してしまう程に的確な比喩表現であった。
「ど…どうしたんだ。ドルジ?」
愛猫の前で情けない姿は見せられない。
鈴はあわてて目じりに浮かびかけていた涙を拭う。
「ぬうぅ…」
「ん? なんだ?」
そんな鈴の様子に、ドルジは心配しているように、およそ猫らしくない鳴き声を上げると、ぐにゃりと上半身を捻じ曲げ、校舎のある一点を示した。
「…校門」
「ぬうっ」
「そうか! こまりちゃんは外に行ったんだなっ!」
「ぬぅうっ」
我が意を得たり、ドルジは肯定を示すように体をくねらせ鳴く。
こうしてはいられない。
鈴は一刻も早く小毬を探がしに走りだそうとするが、そんな鈴を引き留めるようにドルジが立ち塞がった。
「うわぁ。な、なんだ。ドルジっ!」
「ぬきゅっ」
よろめいた体勢を立て直しながら、鈴はドルジを見上げる。
すると、ドルジが口になにかを食わえていることに気が付いた。
「ぬぅ〜…」
「……使え、ということか…」
「ぬきゅ」
鈴は、まるで王から剣を授かる騎士のように、うやうやしくそれを受け取る。
――それは一本のバットであった。
よく見れば、所々ヘコみ赤黒い汚れがこびりついている。
そして少しかすれてはいたが、持ち手の部分には名前が書かれていた。
【さとし】
…………転校生の忘れ物だろうか?
鈴はバットを手に持つと、軽く2、3度振ってみた。
「……うむ」
なぜか妙に手に馴染んだ。
「これならきょーすけも一撃だっ」
そして口を開けばやたらと物騒な言葉が出てくる。
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