内藤はまだか、と仲間に問いた声は、途端に時速百二十キロメートルの風にかき消される。
最早、自分が発した問いなど彼にはどうでもよかったのかも知れない。
ヘルメット越しに蠢く風と景色は視覚で捕らえられる。愛用のバイクと自分が一体になった感覚に陥る。
地を、体を伝う振動は、何処か心地よいように感じられた。
彼はふと背後へ振り向く。
ゆっくりとした調子で、遠方の彼の背中を追い掛ける複数台のバイクがそこにあった。
彼はそれらに向かって笑う。
苦笑いにも勝ち誇った笑いにも見て取れる様だ。
顔を正面に戻す過程、時速百二十キロメートルの世界で、彼はふと想起する。
彼には恋人がいた。
いるではなかった。
二年ほど前、別れたのだ。
死別とでも言おうか。
突然の交通事故だった。
そのことを思い出せばその時の衝撃が、今でも体にでさえ響いてくる。
理由は簡単だった。
二輪車の二人乗り。
曲がり角から来たトラックに跳ねられてしまったのだ。話に夢中になっていた二人の不注意のせいであることは歴然としていた。
想起はコンマ一秒の間のみ。
彼が前方に視界を移すと、ヘルメットの黒い光が眼に暗む。
そして、また何食わぬ顔で走り続ける。
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