そうだ、小説を書こう。
私がそんなことを呟いたのは、やけに背の高い少年と、近年悪化してきた大気汚染について談じていた時だった。身長三メートルという、数十年前なら怪物と呼ばれてしまうほどの背丈の彼。体育座りをして、ようやく私と目線が合うところで、その笑みを一層深めたようだ。
「未来のヒーローさんも可笑しな物語を描きたくなるんですか?」
軽快な笑い声と共に、発せられる言葉。対して、私はやや不機嫌そうに眉間に皺を寄せてみる。
それでも、彼は笑い続ける。きっと、私の口元が緩んでいるのを知っているのだろう。
「さしずめ、救済計画ってところですか?」
「そうだと良いんだがね」
私はあえて素っ気ない調子で返事をしてみる。だが、彼はそれすらもおかしいようで、笑みを絶やすことはない。そう、見える。
だから、私も開き直って、触りの良い調子で言葉を口にしていこうと考えた。
「言うならば、理想郷かな」
「未来のヒーローが理想を語るんです?」
「理想があるから、物語は紡がれてゆくものだよ。ヒーローだって理想を持つから、人を救いに行くんだ」
「だったら、理想が無ければ人を救いに行かないんですか?」
すると、私は不意に彼の身体へと視線を動かしてしまっていた。
彼の身体を包むのは、私が身につける防護服とは一回りも二回りも大きいそれ。僅かな隙間もない防護服は、大気汚染などから身を守るためだとは近年の常識だ。ただ、顔面や手足の一部を覆うのは防護用の素材ではあるが透明なシートであり、そこから相手の様子を伺うことが出来る。
先程、数十年前ならば彼は怪物と呼ばれてしまう、と私は心の内で述べたが、今更ながら違う気がした。曇りきった空から差し込む少しの光に、彼の棒っきれのような細い四肢が淡く輝く。それを見てからは、怪物などという表現はどうも誤謬があるようで仕方ないのだ。
ふとした拍子に変わる、声色。それも僅かだ。そして、依然として浮かべられている笑み。それらの奥底が存在するのは、彼がまっとうに人間だからではなかろうか。
だが、あたかも無機質が隔てているかのように、覚えるのはそんな臆測だけだ。悲しいや切ないなどという“感情”は、無機質のフィルターが淘汰してしまう。
それらはただの言い訳か。
焦燥に駆られる私に、誰もそんなことを問いただしたりはしない。透明な防護シートの向こう側で、依然としては破顔し続ける彼でさえも。いや、その時にも彼が本当に笑っていたのかは私は知らないのだ。
沈黙はさほど続かなかった。
防護服に備え付けられた無線がけたたましいサイレンを鳴らしたとき、私はそれを合図として立ち上がる。
「未来のヒーローさん」
間もなく、背中に浴びせかけられる言葉は皮肉にも聞こえた。
「ぼくはサイレンが嫌いなんですよ」
勿論、彼とは無線通信を媒介にして会話をしているわけではないのだから、元より背中もなにもないのだ。
「たぶんサイレンっていうのは、平和だった世界が荒廃してゆく警告じゃないですか」
だが、私は確かに浴びせかけられたのだ。
「でも、そういう役割であるはずのサイレンが、逆に世界の荒廃を助長している気がするんです」
無線や防護服。そんな無機質のフィルターが遮断するべき何かを。
「だから、平和な……ただ平和な物語をぼくは期待していますよ」
故に、私は走る、走る。彼にはもう振り返らない。逃げている感じはあった。だが、不思議と躊躇はなかった。
「サイレンのない物語を」
そんな言葉が聞こえたとき、私
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