打田はまだか、と仲間に問いた声は、途端に時速百五十キロメートルの風にかき消される。
最早、自分の問いなど彼にはどうでもよかったのかも知れない。
蠢く風と景色は認識される。愛用のバイクと自分が一体になった感覚に陥る。
地と、体を伝う振動は、何処か心地よいように感じられた。
彼はふと背後へ振り向く動作を見せる。
慌てた様子で、遠方の彼の背中を追い掛けるバイクがそこにあった。
彼はそれらに向かって笑う。
その笑みははっきりとは分からない。
顔を正面に戻す過程、時速百五十キロメートルの世界で、彼はふと想起する。
恋人の言葉があった。
今は聞けない調子だが、彼は鮮明に覚えている。
「よくある質問なんだけど」
間延びした先で、彼女は続けていた。
「考えるって頭でするのかな?」
質問の内容自体はあどけない。彼はその時に思わず吹き出してしまった自分を思い出す。
当たり前じゃないか。
今でも即座にそう答え、彼は笑える。
すると、彼女の頬を大きく膨らませた様がふと思い浮かんだ。
やはり、可愛らしい。
今でもそう思える。
だが、痛い。痛い。
考えれば考えるほど痛い。
何処が?
想起はコンマ一秒の間のみ。
彼が前方に視界を移す動作をし終えると、ヘルメットの黒い光が暗む。
そして、また走り続ける。
前編へ 続編へ
TOP 目次投票 感想