→時速百五十キロメートル


 打田はまだか、と仲間に問いた声は、途端に時速百五十キロメートルの風にかき消される。
 最早、自分の問いなど彼にはどうでもよかったのかも知れない。

 蠢く風と景色は認識される。愛用のバイクと自分が一体になった感覚に陥る。
 地と、体を伝う振動は、何処か心地よいように感じられた。


 彼はふと背後へ振り向く動作を見せる。
 慌てた様子で、遠方の彼の背中を追い掛けるバイクがそこにあった。

 彼はそれらに向かって笑う。
 その笑みははっきりとは分からない。

 顔を正面に戻す過程、時速百五十キロメートルの世界で、彼はふと想起する。


 恋人の言葉があった。
 今は聞けない調子だが、彼は鮮明に覚えている。


「よくある質問なんだけど」


 間延びした先で、彼女は続けていた。


「考えるって頭でするのかな?」


 質問の内容自体はあどけない。彼はその時に思わず吹き出してしまった自分を思い出す。

 当たり前じゃないか。

 今でも即座にそう答え、彼は笑える。

 すると、彼女の頬を大きく膨らませた様がふと思い浮かんだ。

 やはり、可愛らしい。
 今でもそう思える。

 だが、痛い。痛い。
 考えれば考えるほど痛い。

 何処が?


 想起はコンマ一秒の間のみ。

 彼が前方に視界を移す動作をし終えると、ヘルメットの黒い光が暗む。

 そして、また走り続ける。
10/12/01 20:49更新 / 楽堕 天

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まろやか投稿小説 Ver1.30