→時速三百キロメートル


 高岡はまだか、と誰かに問いた声は、途端に時速三百キロメートルの風にかき消される。
 最早、自分の問いなど彼にはどうでもよかった。

 蠢く風と景色は認識される。自分の全てが一体になった感覚に陥る。
 地と、体を伝う振動は、何処か心地よいように感じられた。


 彼はふと背後へ振り向く動作を見せる。
 バイクがあるかと思ったが、そこには何も無かった。

 彼は何故か笑う。
 その笑みはやはりはっきりとは分からない。

 視線を正面に戻す過程、時速三百キロメートルの世界で、彼はふと想起する。


 初めて目覚めた時のことだ。それは彼が走りだすよりずっと前。

 黒い喪服を身につけた人々が彼の周りに居る。線香の匂いが鼻を突く。

 辛気臭かった。
 内藤も打田も高岡も、みんながみんな涙を流していた。

 当の彼は、それらの光景を見、ただ唖然としていた。何故か、涙は一粒も浮かんではこなかった。

 人々が体を前に向ける先では、坊主がお経をあげている。


 痛い。痛い。
 何処がと問う。
 誰かがそう問う。

 彼は咄嗟に逃げるように、虚空から眼を逸らした。

 その先で、不意に向いた視線の先で誰かが泣いていた。


 彼の恋人だった。

 どうして?

 自身へ一様に向けられた視線に彼は小さく問う。

 誰が?どうして?


 想起はコンマ一秒の間のみ。

 彼が前方に視界を移す動作をし終えると、黒い光が彼を包む。

 そして、まだ走り続ける。
10/12/01 20:50更新 / 楽堕 天

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まろやか投稿小説 Ver1.30