→秒速三万キロメートル


 彼は問わない。
 答えは出ていた。

 秒速三万キロメートルの風は彼の想いに弾かれる。

 周りを包む暗やみと対象に、目の前には光があった。
 そこへ向かって、懸命に足を蹴る。走る。走る。
 体が崩れかけても尚、走る。


 彼は後ろを見ない。
 答えは出ていた。
 後ろを走るのは、想起する別の彼の姿なのだ。

 首の無い彼が笑ったようだ。
 それは崩れてゆく自分への自嘲的な笑みか。



 ――死んだのは自分だ。

 答えが出た、自覚した。

 ――考えるのは頭じゃない何処かでするんだ。

 当然が打ち崩される。自分の存在が確かな理由だった。

 ――確かに頭は痛いけども。

 そんな頭は無いけども、と彼は付け加える。

 ――みんなが、彼女が泣いている。

 それは、と彼は続ける。

 ――自分が死んだからだ。



 自覚がある。
 答えがある。

 対して、体はほとんど無い。
 光を掴む手も無い。


 それでも、彼は走る。
 走る体はない。
 ならば、彼の想いが走る。
 走り続ける。


 理由は彼女の願いだったからに他ならない。
 確かに、彼は走るのが好きだ。だが、今ではその好きが彼女の願いなのだ。

 彼が光と呼ぶ、自身の恋人に届かなくとも彼は走り続ける。


 ――自分の好きなようならば。


 彼は、最後に笑った気がした。


 ――走り続ける。君のために。



 ――君の元へ。
10/12/01 20:51更新 / 楽堕 天

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まろやか投稿小説 Ver1.30