「さくらがさきました」
それは、朗報だとも悲報だとも悟らせないようだった。僕の伝令役をしてくれる男の子は、至極抑揚のない声で呟くようにそう言う。返事とばかりに、とある廃墟ビルの隅っこから、響く僕のあくび。
それは別段、面倒だったり眠たかったりしたわけではない。目を細めたのは、光が眩しかったから。曇り切った空から差し込む、朝日とも夕日とも見分けのつかない光。僕に気だるさを誘うのだ。
「さくらがちりました」
再び、声がした。それに執拗と迫るものはない。不快感もない。それでも、起きなければいけないと、僕に示唆しているようだ。
それら一連の情景は、僕を取り巻くこの寂れた町が、始まる合図でもあった。
「おれがやったんだよ」
僕がさくらと出会ったのは、今から一ヶ月ほど前だった。いや、本当はそんなにも時間は経っていないのかもしれない。流浪者の僕がこの町に滞在し始めたのも、その頃のはずだ。
まるでふて腐れたように、首を明後日の方へ向ける彼。その時僕はきっと、彼の方をまじまじと見つめていたのだろう。気付けば、さくらの表情に照れ臭さが浮かんでいる。十五の少年らしい、それだった。
だが、元より僕はさくらを見てはいなかった。さくらの背後にある、小さな木の破片に目を向けていた。積み重なる、大小形不揃いなパーツのその上。ピンク色の花びらが散らばっていた。
桜だった。品種改良によるものか、近年の汚染によるものかは知らないが、大昔に原生していただろうものより遥かに小さい。それでも、あの花びらは確かにさくらのそれだった。
「小さかったから」
さくらは自分に視線が向けられていないことにようやく気付いたのか、ぼそりと、やはりふて腐れたように呟く。頼まれてもいない、弁解の言葉だ。寂しげに細めた眼は、自身の手を映し出している。まるで獣のように伸びた鋭い爪は、過去の遺伝子実験の遺物。おそらく、忌むべき異物。それを知る僕は、彼の爪に僅かに付着する木屑と花びらを一瞥する。相変わらず、それらは酷く不釣り合いだった。いや、そう見えたに過ぎないのだろうか。
さくらは桜が嫌いだ。いや、これだと誤解がある。丁寧に言い直せば、さくらは“小さな”桜が嫌いだ。
「じいちゃんの桜が咲かないから」
さくらは事あるごとに、僕にそう言う。まるで言い訳のようで、端から聞けば笑える理由かもしれない。屁理屈にも聞こえるかもしれない。
だが、さくらは真剣だった。彼が顔を向けている方向を、僕は先ほど明後日の方向だと形容した。やはりそれは、間違いないのだろう。
彼の視線の先は、大きな桜の木がある。葉をつければ、この町を覆い尽くすような大きな木だ。それは、さくらの言う“じいちゃんの桜”。明後日には咲いているのだ、と彼は視線で示している。
もちろん、それから一年後先の未来でも、“じいちゃんの桜”は咲いていない。
僕は町に出るとき、枯れかけの桜を一瞥した。常日頃変わらず、“じいちゃんの桜”を見上げる背中がその時視界に入る。僅かな花びらが舞う、厚い雲の下。やはり、それらは酷く不釣り合いだった。
さて、どれほどの歳月が流れたのだろうか。あちこちを歩き回り、結局たどり着いた場所は、あの寂れた町。曇り切った空の隙間から、朝日とも夕日とも見分けのつかない光が差し込む。町を照らすスポットライトのように、砂ぼこりや汚染された大気で包まれた町を、淡く浮かび上がらせていた。僕はその光を頼りに、町をさ迷う。
人影は全くないように思えた。
「さくらはちりました」
すると、何処
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