――コッケコッコーッ!
ぐっ……。
混濁した意識が現実に戻されていく。
――コケッ、コッケコッコーッ!
ご近所のおじいさんが最近買ったニワトリの声。
今は朝の6時頃か……。
そういや昨日のことは何だったんだ……。
昨日起きた非日常がまどろんだ頭に渦巻く。
なんでかは知らないが、あいつの顔が脳裏にこびりついている。
「……ん……」
薄目を開けて、ベッドのほうを見やる。
――。
も抜けの殻だった。
「……」
目を擦っても整えられたベッドしか存在しなかった。
やっぱ……。
夢だよなぁ……。
俺は惰眠をむさぼるため、もう一度目を閉じた。
――トン、トン、トン、トン
リズミカルな音が台所から響いている。
なんだか懐かしい音だ。
いい匂いが鼻をくすぐり始めた。
この匂いは味噌汁か……。
………………。
…………。
……。
「味噌汁!?」
「あ、おはようございます、和行さん」
「……」
声がした方に目を向けた。
台所で黒髪をなびかせ、俺の少し大きめなシャツとズボンを身につけ、腕まくり+たすき掛けをしている奴が立っていた。
昨日の睡眠不足の原因――物の怪――さだこだ。
そこからトントントンと小気味良い包丁さばきが聞こえてくる。
「冷蔵庫の中の食材を使わせてもらいましたから〜」
「……お、おう」
上体を起こすと、昨日は掛けていなかったはずのタオルケット。
ちゃぶ台に目を移すと、いつもは並んでいないモノが並んでいた。
だしが効いていそうなだし巻き玉子。
かつお節がかかった豆腐。
和風ドレッシングがかけられたサラダ。
「……あーっと……」
理解が追いつかない。
「和行さん、顔を洗ってきてください。もうすぐ朝ご飯ができますよ」
「……あ、ああ」
俺はまだ夢でも見ているのか?
***
「へぇ……うまいな」
口に運んだ玉子からカツオのだしの風味が口いっぱいに広がる。
しかも玉子はふんわり仕上げときている。
俺も料理は得意なほうだがこのようには作れない。
「本当ですか! ふふっ、よかった。「まずいっ!」なんて言われたらどうしようかと思いました。――私もいただきます」
嬉しそうにはにかんださだこは白米を少しだけ割り箸で掬うと、これまたその量にあわせて開いた小さい口でパクつく。
由緒正しい家柄出身です、とコイツから言われてもなんら不思議ではない雰囲気だ。
いつも大口で飯を食い漁っている美沙とは大違いだな。アイツの口からは庶民ですと言われてもなんら不思議ではない。
どれ、味噌汁のほうは……。
ほう………………。
…………。
「じゃなくてだな!」
「きゃっ、もしかしてお味噌汁、お口に合いませんでしたか? もっと薄口の方が良かったでしょうか?」
「味噌汁もうまいよ! ……そこじゃなくて、なんでお前が朝飯を作ってるんだよ」
俺の言葉を聞いてきょとんとしたさだこだったが、
「泊めて頂いたせめてものお礼です。あの、ご迷惑だったでしょうか……?」
「ご迷惑ってことはないが……」
律儀な物の怪さんが目の前で困り顔をしていらっしゃる。
むしろ嬉しいわけなんだが、何か違うような気がする。
俺が思い描くステレオタイプな物の怪(突然砂をぶっ掛けてきたり、100m5秒で疾走する方々)とどこか違う気がする。
「こう、物の怪なら物の怪らしさってもんがあるだろ?」
「物の怪らしさですか? 物の怪らしさ……物の怪らしさ……そうですね……うーん……」
「……」
本格的に考え込んでしまったようだ。
「……うーん……ご飯を作るのが好きなのですが、ちょっと違いますよね……」
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