坂道を上った先にある神社。その脇には高台がある。
そこからは俺たちの住む白神町が一望できた。
朝の夏の日差しと夏風は心地の良いものだ。
「カズ、覚えてるか?」
「何をだよ?」
「その昔お前が蟹に憑かれた時のことだ。あの時も大変だったよな」
「思い出させるな。体重が軽くなるところまではよかった。まさか風に飛ばされて海に帰る羽目になるわ同族意識で蟹が食えなくなるわマジでツラかったんだからな」
「アレを祓った後の蟹パーティは最高だった」
「お前ら俺の金だと思って好き放題食いやがってよ……。アレのせいでバイトしなけりゃならなくなったんだぞ。今でも蟹が食えないし、もう甲殻類に憑かれるのは勘弁」
「カズ、覚えてるか?」
「今度はなんだよ?」
「その昔お前が狐に憑かれた時のことだ。あの時も大変だったよな」
「頼む、思い出させるな。アレはマジでいいことが一つもなかった……」
「コンコン言いながらいたる所で立ちションをしまくっていたのは……そう、お前が高2のときだったか」
「だぁぁぁっ!! うるせぇよ!! あのせいで学校でトイレの神様とかありがたいんだかそうじゃないんだかわからんあだ名を付けられたんだ!」
「交番でコンコン絶叫しながら立ちションをして留置所送りだからな。もはや神だろ。命名オレだが」
「お前のせいかよ!? 3年目の真実だぞ!?」
「当時は何にでも王子をつけるのが流行ってたから放尿王子にしようとも思ったんだが」
「お前最低だよ!? あーったく、今でも赤いキツネが食えないしもう哺乳類に憑かれるのは勘弁だ!」
「――で」
高台から町を見ていた竜司の目が流れて、一点で止まった。
その先には、
「?」
ボーイッシュな服(というか俺の服だ)を着てきょとんとしているさだこがいた。
「甲殻類、哺乳類ときて今度は人類か。生態系のコンプリートでも狙ってるのか?」
「好きで憑かれてるわけじゃねぇよっ!」
自分が物の怪の類に憑かれ易い体質だとはわかってる。
けど、こうも縁がある奴も稀有(けう)だろう。
「――ったく」
竜司がため息とともに高台の柵に寄りかかった。
「いつも手を焼かせてくれるな。何があったか教えな」
…………
……
「――なるほどな」
俺の話とさだこの話を聞いた竜司が抜けるような夏の青空を仰いだ。
「さだこ――だったか?」
「あ、はい」
「お前さんは間違いなく物の怪――鬼に近い存在だ」
「お、鬼ですかっ!?」
「鬼ぃ!?」
さすがに俺もびっくりした!
俺はついさっきまで鬼にご飯をよそってもらっていたのか!?
「物の怪の"もの"とは古来"鬼"と書かれていた。鬼とは人間に災いをもたらす物だ」
「お前さんは人に災いをもたらす物、鬼として現界した」
「鬼の存在意義は唯一。人に災いをもたらすこと。最大の災いなら『人間の死』か」
「故に鬼として現界したお前さんにインプリンティング(刷り込み)されている意識も、当然ながら鬼のそれだ」
竜司の目が青空からさだこに移された。
その目は末期がんを見つけてしまった医者のそれと等しい。
「お前さんの存在意義は」
「人に災いを振りまくことだ」
「……」
さだこの瞳は大きく見開かれていた。
「わ……たし……」
顔は血色を失い、肩が小刻みに震えている。
驚きのあまり声すら出せないのだ。
「待てよ! こいつがそんな存在なわけないだろっ!」
チッ。
おいおい、なんでまた物の怪なんかを庇ってんだ? 何熱くなってんだ?
冷静な自分が自分にツッコミを入れている。
けどだ。けどなんだ。
さだことはまだ少ししか話もしていない。だがわかる
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