第一話『いきなり玉音放送』

「ねーねー司令官!大変よ!」
「なのですー!」
パタパタと大きな足音を立てて、ノックもなしに司令室に飛び込んでくる少女たち。
「雷、電、お行儀悪いわよ」
洋モク吹かしながら書類と向き合い、イライラマックス、その様相たるや、まさに『あんた普段もこれくらい仕事してくれたら文句ないんだけど』モード全開。
それもそのはず、この提督、可愛いものに目がなく、とりあえず追っかけるのを至上の喜びとする『仕事?なにそれおいしいの?』提督なのだ。
「いいから、電の話聞いて!」
「なのです!今日洗濯物を取りに行ったら、くまさんのパンツが見当たらないのですー!」
「あ。それ今まさにあたしが穿いてる。ほら、今朝冷え込んだでしょ?こういう時お子様ぱんつってあったかくて最高ね。窮屈すぎておなか痛いけど」
「…」
「…」
「冗談よ。とりあえず落とし物担当の間宮さんのところは行ってみた?」
「う…」
危うく提督のペースに引き込まれる寸前だった。気を取り直して。
「間宮さんにお子様ぱんつ穿いてるなんて知られたくないのです…」
「何気取ってんだかこのお子様駆逐艦娘は。そんなんでいちいちクスクスしているほど大人は暇じゃないの。大丈夫よ」
刺々しいが、至極当たり前のことを言ってくれる提督に少し安心したのか逆に不安になったのか、ともあれ、要件はもう終わり?ならさっさと出ていけ、という提督オーラに怯んだ二人は、すごすごと部屋を後にした。

鎮守府は今日も霧雨。
ここ最近ずっとこの天気だ。桜なんて三月末にはほぼ散ってしまうくらいの悪天候の連続。深海棲艦が地球の軸を曲げているんではないかと勘ぐってしまうくらいの空模様だ。
「静かなもんね…」
それでも鎮守府正面海域は静かなもので、敵の姿は一隻たりとも見えない。出撃する必要もなければ、後は鎮守府や工廠で起こる諸問題の報告書と、場合によっては始末書。そのエンドレスワルツだ。
「赤城ちゃんはまーたボーキサイトつまみ食いか」
工廠の資材管理妖精から、正規空母『赤城』がボーキサイトをしばしば持ち出して食べるという『ぎんばい』行為を働いていることへの苦情。
「新型艦載機の設計製作に支障が出るからって、じゃ赤城ちゃんを営倉にぶち込めば気が済むっての?」
その時は反省しても、すぐ同じことを繰り返すに違いない、なら見過ごして、折を見て解体や転属をちらつかせ脅して屈服させるほうがよっぽど面白いじゃない。冷めた珈琲を口に含みにやにや。
更には、天龍・龍田姉妹の部屋から夜な夜な甘い騒音がすることへの苦情やどこかの自称アイドルの公演計画覚書など、提督を御用聞きか何かと勘違いしている書類を見ては、ため息交じりに破り捨てる作業が続く。
思いをはせる。前任の提督も、こんな感じだったのか、と。


着任したばかりのころ、施設を案内してくれた正規空母『加賀』に冗談交じりに聞いた。前任の提督と寝た艦娘は何人いたのか、と。
帰ってきた答えは『奥さんに娘さん、果てには孫までいる人にとって、私たちは娘や孫同然でしたから』と、侮蔑の籠った視線と言葉だった。
それ以来加賀とはどうも相性が悪い。むしろ向こうがこちらを避けている気すら感じられる。
その提督も、彼女らを大事にするあまり、小破未満の損傷であっても彼女らを呼び戻し入渠させ、彼女らに娯楽を与えるためにポケットマネーからの投資すらも行う、ホワイト中のホワイト提督。
しかしながらその消極的な指揮に大本営が怒り狂い、彼は着任からわずか半年で、この鎮守府を追われ、今は江田島の海軍兵学校長に収まっている。
…その人こそ、かつての恩師でもあるのだ
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まろやか投稿小説 Ver1.30