-デートには花束より札束-

 閉店後。
営業日報を書いたり、翌々日の準備をする時間のことだった。
「ねぇ、あたし車買い替えようと思うんだ」
相坂が不意に話題を提起した。
「今の車何年乗ってるのー?」
「6年目。いい加減ガタも来てるし。バブル期の車だから仕方ないっちゃー仕方ないけどね」
元々相坂のカプチーノは、就職祝いにディーラーをやっている叔父が格安で提供してくれたものだ。1992年式、約20年の車だから当然そろそろ色んなところの本格的なオーバーホールが必要になる。
「これまでは一人だったし気が楽だったんだけど、今は、ね」
そう言って目を泳がせる先には、翌々日の釣銭準備をしている、百合愛。
「お尻の大きな愛方が出来ちゃったからね」
「ときるんいぢわるだー」
翠も否定するでもなくうんうんと頷き。
「確かにりありんってお尻大きいよね」
「そっちですか!」
釣銭準備を放り出して百合愛が飛んでくる。
「相坂さん、神北さん、人の身体的特徴をからかうのは人間としてしちゃいけないことです。自重しましょう」
「「あーい」」
「分かればよし!」
それだけ叱りに来たのか、彼女はまた作業に戻ったのだった。
「りありん暇だね」
「ホントね」
そして中古車のチラシに目を落とす相坂。
「叔父さんにお願いしないのー?」
「車買うために片道3時間高速飛ばして叔父さんに会いに行くのも面倒だしね…」
「それもそうだね」
中古車はイロイロあるけれど、欲しいと思うものは見つからない。
「軽トラとかこの辺で生きるには便利みたいだけど」
「作業服でもない限り軽トラは少し違和感あるよー」
それもそうか。言いながらチラシを元の場所に戻して日報を提出する相坂。翠も続く。
「さて、あたしはりありんが仕事終わるまで待たないと」
「ラブラブだねー」
「そりゃもう。パパとママの次に大切な人だから。じゃ、気をつけて帰りなさいよ」
「はーい」
スイさん帰宅モード!とスキップしながら、翠は事務所を後にした。

 「やっぱり、わたしのお尻が大きいから、車を変えるんですか?」
「ん?まっさかー」
二人きりになった事務所。作業をしながら百合愛が話しかける。
「本当のこと言って下さい…お尻が大きいわたしは、嫌いですか?」
「…バカね。こんな肉感的なカラダ、捨てたくても捨てられないわよ」
「あんっ…」
作業中の百合愛を後ろから抱き締める相坂。そして。
耳元で、囁くのだ。
「これまでは気楽な独り身だったけど、二人になれば買い物の量だって違ってくるでしょ?それに」
「それに?」
「…安全な車に変えたいのよ。もうお互い一人だけの体じゃないんだから」
「ときるんちゃん…」
誰もいない事務所で、二人は自然とどちらからでもなく、唇を重ねる。
「お尻の小さな百合愛だとかえって嫌いになるかも。現状維持よろしく」
「はい…がんばりますから、捨てないでね?」
「合点。とりあえず明日車でも見に行きましょうか」
「はい。お供します」
なお、この後キス合戦はしばらく続き、翌々日開店時点で釣銭違算が出ていたことはまた別の話。
11/11/16 00:12更新 / 相坂 時流
作者メッセージを読む

前編へ 続編へ
TOP 目次
投票 感想
まろやか投稿小説 Ver1.30