「んっ…ちゅぷっ…」
車内に響く水音。それはどうやら助手席から響いているようだ。
百合愛が、相坂の人差し指と中指を口に含んで舐めていた。
「ちょっと百合愛。何してんの」
「んちぅ…」
指に付いた唾液を啜ってその手を解放し、笑顔で一言。
「シフトノブから手が滑っていたので…滑りにくくしました」
迷惑でしたか?と上目遣いに覗き込む可愛い年上に相坂は。
「あんた、最近どんどん脳みそがピンク色になってない?」
「そうでしょうか?」
信号が赤から青に変わったので、それ以上何かを言うこともなく、翠命名、ときチーノは発進する。
「でもさっきから後ろ着いてきてるの」
「…那覇エイティでしょ。分かってる。助手席に翠乗っけて」
リア充どちくしょうめ。悪態を吐く相坂に百合愛は。
「……ときるんちゃんだって、今では立派にリア充ですよ。だって…」
こんなに可愛いお嫁さんを、横に乗せてるんですから。
ぽつっと呟く年上に妹分。
「あ。やっぱり男役はあたしなんだ」
「突っ込んでください!?」
「ナニをドコに?」
「あぁもう知りませんっ!ときるんちゃんなんか嫌いっ!」
「?」
何をして欲しかったのか口にせず、頬を膨らましたままそっぽを向き窓の外を眺める百合愛。その髪をシフトノブから手を放した左手で撫でて。
「お金溜まったら同性結婚の出来る国にトンズラしましょうか」
「……いいです。結婚出来なくてもいい。隣に置いてさえ下されば…」
顔が赤らんでいたのは、車内のエアコンのせいではないだろう。
車は長い坂を何度も上り下りしては海岸沿いを走り抜け、やがて山道に入り、神社のそばの緩やかな坂を下って。
「自由が丘まで少し時間がありますし、お昼にしちゃいましょうか」
「そうね。そこのファミレスにでも」
指示器を上げ、左折。ファミレスに飛び込んだ。
加速中だった那覇エイティ、とっさのことに対応できず通過。
「あー!なはりんのお馬鹿っ!」
「うるせぇお前が『すんごいGを感じたい!』とか言うからだろうが!」
「あーもー!先回りしかないね!」
「どこ行くか分かって言ってんのか!」
「乙女のカンっ!」
こんな会話があったとかなかったとか。
ともあれファミレスに飛び込んだ二人は、窓際の禁煙席へ。
「翠さんたち、付いて来るでしょうか?」
「来てもあたしたちのこと尾行するつもりなら堂々とは来ないはずよ」
「それが望ましいんですけど…」
言いながら、そう言えば朝食が遅かったためあまりお腹が空いていない事に気付き。
「パフェか何かで済ませちゃいましょうか」
「うぐ…と、ときるんちゃん、わたし、流石に高カロリーなのはちょっと…」
イタズラな笑みを浮かべ、相坂が。
「そうよね。先週から1.2キロ増量中の」
「わーわーわーわーっ!」
「幸せ太り?」
「ちーがーいーまーすーっ!」
直後、他のお客様のご迷惑に云々伝えに来た店員に百合愛が平謝りし。
「ときるんちゃんっ!」
「大丈夫よ。その分暖かいお部屋で汗だくになるくらい抱いてあげる」
「うぐ…お、重いとか言わない?」
「言わない」
「約束、ですよ?」
「うん。約束。だから体重を公言させて」
「だーめーでーすーよーっ!!!」
顔を真っ赤にしながらポカポカパンチ。さっきの店員が咳払い。
「もうっ。ときるんちゃんなんて知りませんっ!」
「百合愛可愛い」
「ふんっ」
ふくれっ面を人差し指でぷにぷにしながら相坂は思う。
(どうせなら、あたしか百合愛が男に生まれればよかった。そうすれば、こんな人目を憚った付き合いなんてしなくてよかったのに)
見合い話が実家からよく来るのを
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