-そこに何かがあると信じて、坂道を駆け登ってきたんだ!-

 翌日は相坂が休み、百合愛は出勤。
そしてそれも明けて土曜日のこと。
「はいwそれじゃ今日はチラシ立ち上げ日なので朝礼をしようと思いますw」
えみるの毒気の抜けないのほほんとした声に皆が注目していると。
「遅くなりましたっ」
「同じく」
背中から聞きなれた声。えみるは振り返る。
「もーw百合愛さんも相坂さんも遅刻ですか?お寝坊さんで…すね…えええっ!?」
絶叫、そして絶句。
「…なんでみんなあたしを見るのよ」
原因は、その相坂だった。
「相坂さんっ!頭っ!」
「…頭怪我したみたいに言わないでよ」
相坂は、いつも後ろでポニーテールにしていたご自慢の肩少し下まである長髪をバッサリと切り。
首の中腹くらい、しいて言えば某新撰組を舞台にした作品の某副長っぽい髪型になっていた。
そして黒のベストに細身のネクタイ。胸さえ見なければ文字通り男と見紛うような出で立ちに、一同騒然。
「わたしも昨夜帰ったらこの髪型になっていて、諌めたんですよ…」
「ほう…」
百合愛が相坂を諌めるとは大概なこと。紡がれる次の言葉を待っていたえみるは。
「でも相坂さんってばこう言ったんです。あたしはもう百合愛の夫だから、これくらいの恰好はしておかないと周りに表明出来ないでしょ?って!もうっ。昨夜はとても熱くて激しかったです…まだ立ってるのがつらいくらい、膝ががくがくして…あぁ…」
「ノロケですか!w」
待って損した、という勢いでえみるが笑う。すると何を思ったか翠が前に出る。
「むむむむむ」
「?」
そして二人の胸を交互に見て。
「やっぱりりありんがお父さんの方が様になるよ」
言った後、本人も地雷踏んだと思ったが、すべては遅かった。
口は災いのもと。翠がハッとして百合愛を見上げると。
「…神北さん、少しお話があります」
いわゆるレイプ目で立ちはだかる、凶悪店次長殿。
「あ、あわわわわ…」
直後、圧倒的な力でトイレに引きずられる。抵抗する翠。
「はなーせ!はにゃーせ!」
それが無意味な抵抗だと知るのは、そう遅くないタイミングだった。
伸ばした手は無情にもドアにさえぎられる。鍵のかかる音。そして。
「あへえええぇぇええ!?」
いつもの翠からは想像もつかない変な声が響いたかと思うや、トイレのカギが解放され、着衣が少し乱れた、半べその翠が姿を現した。
相坂の胸に高速で飛び込み、同じくレイプ目で首を横に振りながらぼそぼそ。
「お嫁いけなーよ…うにゅ、お嫁いけないよ…お嫁行けないよ…」
「…」
そのあからさまな壊れっぷりに心配になってトイレを見ると。
「さぁ、今日も一日頑張りましょうね」
ツヤッツヤな百合愛が出てきた。
「…ねぇ百合愛。翠に何した?」
「…知らなくていいこともあるんです。生命守るためなら」
「そう…」
触れてはいけないことも、この世界には多いようで。
結局翠は復活できず早退した。

 さて、時間軸を通常に戻す。
「そういえば来ませんね」
「あ、例の新人さんと転勤の人?」
「はいw」
今日付けで新しくAVコーナーに配属になる学生さん、ゆう。
そして黒物配置になる、亜季。
翠が倉庫の隅でガクガクブルブルしているころ、ふとそんな話をしていると。
「おい、誰か入ってんのか?」
ドンドン。男子トイレをノックするのは、那覇だ。
「那覇、どったの?」
「おおイケメン相坂。もう20分前から鍵かかりっぱなしなんだ。トラック乗る前に用足しはしておきてぇが、これじゃ入ろうにも入れねぇ」
「イケメンは余計よ。要は誰かが立てこもり犯やってるんでしょ」
相坂もドンドンとノックするが返事がない。
「ねぇ店長、緊急
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まろやか投稿小説 Ver1.30