-地域性って、どこから来るの-

カチッ、カチッ。
時計が無機質な音とともに時間を刻む。
そして、その長針が12を、短針が7を刺した時。すなわち午後7時。閉店の時間になるや否や。
「それじゃ私はゆりちゃんを送り届けると言う大変重要な任務があるので、さらばですっw」
閉店と同時にゆりの手を引き、売り場からバックヤードに全力疾走の店長えむ。ゆりの『金庫業務をー!』という声はもはや聞こえていないようだ。
「…」
「残業確定ね、店次長」
相坂が近づく。そこには燃え尽きて真っ白な百合愛の姿が。
「記録更新何日目?」
「…残業確定、というより終電逃し確定56日目です…」
「ご愁傷様…」
百合愛と相坂は、同時にため息を漏らした。
「ゆりが少しでも『真面目に働かないお姉ちゃんは大嫌いっ!』とか言ってくれればアホの子店長も黙るのにね」
「無理ですよ…早く帰れることで嫌な気分になる子はいませんし」
「それもそうか」
言いながら、百合愛の肩に手を置き、閉店のシャッターが下りる音をBGMに頬を寄せる相坂。
「今日、泊まっていく?」
「そんな…そう毎回は悪いですし、何より体が持ちません」
何をしているんだろうか、泊まるくらいで。
そんな彼女に相坂は。
「明日も早いんでしょ?この時間じゃビジネスホテルもどこも満室でしょうし、いいじゃない。遠慮することはないわ」
相坂はこの店舗から車で15分程度の新築マンションに住んでいる。相坂自身としては転職、というよりヘッドハンティングに応じることを条件にマンションの一室の権利を勝ち取った、と言っているが…。
「実際はお寝坊さんですもんね、相坂さん」
「うっさいわね。仮にあたしが寝坊してもバスに乗れば15分で会社よ?強がらなくても一緒に住めばいいのに。生活費ちょっととカラダでいいって言ってるのにさ」
「それが怖いんです」
またため息。色々と忙しい女だ。
百合愛自身は元々転勤組。ここから最寄駅までバスで20分の地点の駅から、電車で1時間揺られて乗換駅、そこからさらに30分間電車に揺られる生活を強いられている。
当然店長がアレで金庫番もアレだと、業務をする人間はいない。結果として報告書関係から金庫での釣銭管理、そして翌日の準備まですべて彼女の双肩にかかっていると言ってもいい。
「ってことでさ、あたしとしては遠慮なんてして欲しくないわけよ。あのアホの子ツインズがどう思ってるかは知らないけど、もう今やあんた一人だけの体じゃないんだから、百合愛」
「いい加減年上で一応管理者のわたしを呼び捨てにするのは…んっ…んんっ…」
不意打ちのように、彼女の唇に重ねられる、相坂の唇。
「んちゅっ…んむぅっ…」
「んふぅっ…ふぅん…っ」
お互いの舌と唇をついばみ合う、その儀式が終わった後、相坂の方から唇が離れて行った。
「相坂さ…ときるん、ちゃん」
百合愛が相坂を下の名前のちゃん付けで呼ぶときは、決まってそうだ。
スイッチ、入っちゃったとき。
唾液で出来た銀の吊橋がぷつっ、と切れた時。
「ってことでお泊り決定。大丈夫、食事とお風呂と寝床ぐらいは提供してあげるから」
「お、お手洗いは?」
「そんなアホなあげ足とらないの。生娘じゃないんだから。それじゃ、また後で」
それだけ言うと、プライス差し替えの作業に戻るため歩きだす相坂。その背中を見送り。
「…ありがとう、ときるんちゃん」
下唇を指でなぞりながら、そんな言葉を出してみるのだった。


「んで、プラコンも終わったし、スイさんすることないんだー」
「そ」
「だからときるん、今日遊び行くねー」
「ダメ。先約がある」
「っちぇー」
明日は朝寝坊しまくれる
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まろやか投稿小説 Ver1.30