そしてもうひとつ、私を青ざめさせて、同時に怒りを覚えさせる事。
枕元においていたワイヤレスキーボード、マウスどころか。
私が愛用してきた自作のデスクトップPCも、
私の相棒、とちょっと親しみを込めて呼んできたトライトン・エクストリームも、
そしてヤマハ・ショルキーも。
そして、お母様の形見となったヤマハのアップライトピアノも。
この部屋からは消えていた。痕跡すらなく。
「お嬢様。おめざめになられましたか?」
聞きなれた、私が可愛らしいと思う、私直属のメイドの声。
小さなノックと共に。
「・・・はい、起きています」
その返事と共に、ドアが外側から開いた。
そこにいたのは、いつも通りのクラシカルなヴィクトリアン・メイドの姿をした彼女、
天野愛。
ボブよりは少し長めに、ふんわりとまとめた天然の土の色−オーカー−の髪に、ごく小柄な身体。
ただ、私よりは4歳年上で、私に(本当に幼少時に母に習っていた時からあとは)ピアノを手解いてくれた、そして合気道を仕込んでくれたひと。
「手荒な事になってしまったことについては、ご主人様に代わってお詫び申し上げます」
ただ、普段はもう少し明るくて優しい彼女が。
本当に、心痛に歪んだ声をだしていた。
「・・・屋上で私たちを昏倒させたのも貴女”たち”なの?」
「いえ、それについては私たちではなく、館の警備の黒服たちがおこなっています」
ただ、もちろんそれが誰かを申し上げるわけにはいきませんが。
「ご主人様からは、今日のところは話すことはしない、
明日まで良く考えてから改めて話をしよう、とのお言付けです」
「・・・父様は逃げるつもりなの?今の私から」
自分でも信じられないくらい、硬い声が出ていた。
実際、私は怒りに震えていた。
なんで澪ちゃんを巻き込んだの。
なんで誘拐同然に攫われたの。
なんで、この大事なときに、こんなことをしたの。
私のためにだとか、言いながら。
「いえ。そうではないことは申し添えます、ご主人様の名誉のために」
「・・・いいわ。貴女たちを責めても意味が無いものね」
強く掴んでいたブランケットから、ようやく爪を外す。
「秋山澪さまについては、斎藤から連絡をさせていただいています、保護者さまに。
少なくとも月曜日までは、こちらに逗留されるお約束となっております」
「・・・そういう問題ではないでしょうに」
改めて腹立たしく思う。
そして、こんな顔を澪ちゃんには見せられないと思う自分に、
まだかろうじて理性を保っていることを、悲しく自覚する。
「後ほど、お食事はお持ちします。・・・お着替え、ご入浴はいかがされますか?」
「今はいいわ。澪ちゃんが目を覚ましたら呼んでいい?」
「はい、内線でお呼びください」
そう言って、彼女は私の前を辞した。
たぶん私や澪ちゃんを、この部屋から出す気はないに違いない、お父様は。
そう思ったから、部屋の外にでることは最初から求めなかった。
そっとベッドを抜けだして(だって澪ちゃんは一緒のベッドで寝てるんだから)。
内線の状態(外線への接続ができない)と、携帯がないこと、
屋敷のイントラネットに接続されている端末が、外部への接続を拒否していること
だけは確認する。
こんなところに抜け道を用意するはずはない、と、予想はしていた結果に、改めて溜息をつく。
そして亡きお母様が、病床でつぶやくように言っていたことを思い出す。
「紬、ため息はつくものではないのです。ため息をつくたびに運が逃げる、という言葉もあるように、そんなことをしていても道はできはしないのですから」
すでにあの時、お母様が
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