まぐろ剣士 -劣等生の一撃-−序説

これは去年、まだ俺が中学生だったころの話

幼少児の頃から身体が弱くて、そのせいで俺は昔から近くの病院を行ったり来たりすることが多かった
そして俺には
気がつけば幼いときには母とも父とも呼べる人間もいなかった

そんなだからなのかな
中学生にもなると、そのことでクラスの中ではいつも下に見られることが多かった
ただちょっとだけ免疫力がなくて風邪や病気になりやすくて
ただちょっと両親がいないだけなんだ

けれど、それだけの言い訳でもクラスメイトの中でのそれの扱いは
いわゆる‘落ちこぼれ’だった

親もいない、貧しい、友達もいない、身体も弱い…

でもさ、不思議と苦しくなんかなかったんだ
どん底だったよ、それはたしかだ

だけどさ
俺の毎日にはたくさん笑える理由がいっぱいあったんだ

それは俺のたった一人
小学六年生になる弟の存在が強く大きかったのかもしれない

とは言っても、もうほんとにこいつがだめだめなやつで
ばかみたいに汚れを全く知らないような瞳で、いつもなにするにしてもニコッて笑ってて、鈍臭くて、ひとりぼっちだと泣いちゃうようなやつだった

でもこの世界の中で俺が、唯一大切で、唯一守りたいモノ

それがあいつだった

そんな生活を送って中学三年生にあがってすぐの春のこと

俺はまた体調を崩した

今度は症状も重く、病院での長期入院を強いられた
唯一心配だったのは身体のことなんかじゃない
なによりたった一人、一人ぼっちで家で過ごすことになる弟のことだった
またメソメソ一人で泣いてるんじゃないか
一人でちゃんと生活できてるのか

それでもほぼ毎日お見舞いに来てくれるあいつは決まっていつも笑顔だった
小学六年生だぞ…
家では苦しいこともあるはずなのに、俺には心配をかけたくなかったのかなぁ…
弱音の一つだってこぼさなかったんだ

そんな日々の中で、やっとやっと長い長期入院の末に退院できたときには
外はもうすっかり梅雨も明けて、ひまわりが咲く季節になっていた

退院したその日
久しぶりに一緒に並んで歩く家への帰り道
だめなあいつがさ、満面の笑みで俺に言ってくれたんだよ

‘退院お祝いしたいなって’

ただでさえ貧乏でぎりぎりな生活なんだから、俺なんかの祝いなんてする余裕も必要もないだろ
ってそう言ったら、珍しくそいつが怒ったんだ
「兄ちゃんだからお祝いするの」
ってめちゃめちゃ頬っぺた膨らましてさ

続けて
「実は内緒でもう家で準備しちゃったっ」
とか笑顔で言ってのけるし

もう、ほんとにばかだと思った
たかが退院くらいで

………
まぁ、実は心の底では本当はうれしかったりもしたけど

そんなことを思って、いつもの何気ない家への帰り道
ひぐらしの音色が鳴る夏の夕方はどこかなんだか切なくて
ほんとに久しぶりにふたり一緒に歩く帰り道
家の手前の横断歩道を青信号を渡った

…まさにそのときだった…


俺の目で前で


‘…弟が死んだ…’


いや…殺された…


なにが起こったなんてもんじゃない
物と物が激しくぶつかり合う鈍い音とともに、ほんの前まで笑顔で俺のお祝いお祝いって言ってた弟は

………
轢かれた車の下で
弟とは到底呼べないものになってしまっていた…


…………
………


なぁ、俺が見ているこの現実は本当に現実なのかな…

なんで俺だけ…
どうして俺達だけ…っ

こんな…っ
なんだよ、なんなんだよ
なんで俺達だけこんなに苦しまなくちゃいけないんだよ

「…畜生…っ 」


…………
………

もう…なんにもない
生きる意味も理由も
なんもない…
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