悲鳴を上げるさび付いた車輪

冬の海岸沿いはとても清々しく、普段は不快感を感じる肌を刺す風も珍しく苦ではない。それは、車がオープンカーだからだろうか。
私が"アンジェリカ"と名付けたアルファロメオの赤いオープンカー…両親が買って、そのくせ使わずに車庫に放置プレイしていた車を、免許取得後整備して使っているのだが、通称2代目こと916のこの車は、3.2Lのエンジンが愛嬌のある振動を私に齎し、私もまた、アクセルを踏み込むことを悦びとする。

スパイダーシリーズは、初代のほうが丸くて愛嬌があったのに、なぜこんな現代風の姿の車を両親は買ったのだろうか。今はそれを推し量る術などない。ただ分かるのは、今も相変わらずどこかの空の下で私を見捨てて働いている両親への、ある種の意趣返しをしているのだ、ということくらいか。

ハンドルを握る手は、一つ。
癖ではなく、そうすることでしか運転が出来ない。
…片腕を、なくしてしまったから。
「…」
目を覚ましたとき、片腕がなかったことに絶望した。
だけど案外立ち直りは早く、むしろそれで済んだことに納得している自分がいたのは、正直驚きだ。
何せ死ぬことを約束された世界の中で、精一杯に生きていたのだから。
だけど、腕だけで済んだのならまだいい。

---カレハ、ソノスベテヲ、ナクシタノダカラ---


腕の肘の関節から下を完全に失くしてはいたが、義手をつけているから、日常生活自体には何の問題もない。勿論、その無機質な作り物の腕を他人に晒すことが嫌なだけだ。下らない見栄、プライド。
だが今日は義手そのものを家に置いて来た。それが、彼との約束だから。
「今日だけは…な」
腕以外にも、あらゆるところに傷がある。
すべて、爆発のときの傷だ。
神とやらが私に与えた、生と引き換えの禊。
ならば、何故彼は。
アンジェリカ…天使は何も答えてはくれない。神様のそばにいるくせに。


 あの事故のとき、私は、彼を助けるために戻った。
意識はすぐに回復したし、彼の身体能力だけでは不安だったからだ。
ただひたすらに、運ばれてきた道を走った。腕の骨が折れているのは分かっていても、これだけは、どうにも譲れなかった。
『理樹君!』
彼の元に駆けつけた私を、彼は笑顔で迎えてくれた。
意識戻ったんだね、よかったね、って。
兄貴分の恭介氏を庇いながら、彼は私に近づく。
そのとき、私の目に何かが飛び込んできた。
…猫だ。
転落に巻き込まれたのか、それとも鈴君あたりが教員やクラスメイトの制止を無視して乗せたのか。それは今となっては分からない。
その猫が、荷物の下でブルブル震えていた。怪我すらしている様子だった。
…いつもの私なら、そのまま無視して死なせてしまっただろう。
だがそれを潔しとしなかった。どうしても助けてやりたかった。
私の足は、そこに向かう。
理樹君は、爆風の届かないであろう範囲に恭介氏を置くと、私に駆け寄る。
『ダメだよ、来ヶ谷さん!』
『…いいんだ、私も、私の出来ることをしたいのさ』
『でも…!』
救い上げた小さないのち。
駆け寄る理樹君。
刹那の爆発。
庇う彼。
意識は飛ぶ。そして。


 目覚めて、理樹君が瀕死の重傷を負ったこと、私が腕をなくしたことを知った。
そして、理樹君は未だに目を覚ましていない。
あの凄惨な事故から、もうすぐ丸々5年が経とうとしている、今でも。
「…」
アクセルを踏む足すら重く感じる。
今日で5年。また後5年くらい、キミは寝ているつもりだろうか。
私が年老いてしわがれても、まだ寝ているつもりだろうか。
それを責める権利など、私にはない。
鈴君には、悲しい思
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まろやか投稿小説 Ver1.30