花ざかりの理樹たちへ・シークレットタイム

ある日のチョコレート・ハート





「うぃす」

「おー」

「おはよう」

「ねむい…」

いつもの顔ぶれが朝食の場に揃う。

「おはよう、今日は一段と冷えるわね」

「佳奈多さん、おはよう」

「けっ、筋肉が薄いから寒いんだ」

「暑苦しいわ、朝から」

「なんだよてめぇ…筋肉馬鹿は筋肉が厚過ぎて寒さを感じないようです、見ているこっちまで寒さが吹き飛びますってかっっ!!」

「ちょっと待て、それ褒め言葉じゃねぇかっ」

「こいつ、馬鹿だっ」

みんなが揃い、食事の席へ着く。



「はい、レノンの分のミルク」

「いつも悪いな」

佳奈多さんが持ってきたミルク入りの器を鈴が受け取る。

恭介は、新聞を読みながら食べている。

「行儀が悪いわ、棗先輩」

「そんなこと言うなよ、新聞を読まないと社会に置いて行かれるぜ?」

「何か目を引くニュースでもありましたか?」

「今日のフルボッコちゃんは当たりだぜ」

「はぁ…4コマですか」

謙吾がいつものように懐からのりたまを出し、ご飯にかけ始める。

「これがないと一日が始まらないものでな」

「かけ過ぎ」

佳奈多さんが謙吾の手からのりたまを奪う。

「ちょ、ちょっと待ってくれ、二木!」

「没収します」

「ぬおぉおぉおぉおぉぉぉぉーーーっ!! 俺の一日を返してくれぇぇぇぇぇーーーっ!!」

「おまえらうっさい!! もっと静かに食えっ」

――いつも通り、騒々しい食卓だ。



「なんだ真人、腹でも痛いのか?」

恭介が言うとおり、真人の箸の進みが遅かった。

「……なぁ」

真人が暗い顔をしている。

「どうしたの?」

「さっきからよ、二木がごくごく自然にオレたちに混じってるんだが」

「そうだけど、何?」

怪訝そうな顔をする佳奈多さん。

「何言ってるの真人? 昨日も佳奈多さんと一緒にご飯食べたじゃない」

「おとといも一緒だったぞ」

「一昨々日(さきおととい)もな」

「ちなみに先週からな」

「今さら言われるようなことじゃないわ」

「そうだよ真人、いきなりどうしたの?」

「どうしたも、こうしたもねぇ…」

両手をワキワキとさせる真人。

「二木が来てからというもの、なぜかオレが理樹の隣に座れなくなったんだよっ!!」

真人はヤキモチを妬いていた!

「あ、そう」

無関心な佳奈多さん。

「あ、そう…じゃねぇよ!」

「二木よお…」

「何?」

「さり気なく理樹の隣を意識してね?」

「!?」

「しっ、しっ、しているはずがないでしょう!?」

こういうときの真人は鋭い。

「じゃあ、なんでいつも理樹の隣に座んだよ?」

「さ、最初に座ったときに偶然理樹が隣で、毎日この席で座っている内にこうなっただけよ」

「そうだよ、自分の座る場所って決まってくるじゃない」

僕も助け舟を出す。

佳奈多さんが僕をチラリと見て…軽く頬を染める。

「なんでオレより二木のことを庇うんだよっ、理樹っ!」

「人には習慣というものがある。女々しいぞ」

淡々と食事を進める謙吾が口を開いた。

「うるせぇよ、謙吾。おまえだって、さり気なく理樹の隣に陣取ってんじゃねぇか!」

「フッ、だから何だ?」

「…オレは知ってんだぜ」

「何をだ?」

謙吾の眉毛がピクリと動く。

「おまえ、席に座る前に理樹に話しかけて、あたかも「流れ上、近くの席に座っちゃった」的なことしてんだろ!」

「ぐッ!?」

謙吾の顔色が変わった!

え、図星なの!?

「おめぇの方が女々しいじゃねぇかよ」

「…なんだと」

あ、謙吾がキレた。

「勝負だ、謙吾! おまえが負けたら明日からそこはオレの場所だ」

「いいだろう」

今すぐにでもバトルを始めちゃいそうだ!

「ちょ、ちょっと二人ともっ」

「お姫様は黙って王子を待つもんだぜ」

「心配するな理樹。俺はいつでもおまえの隣にいる」

熱くなって僕の言葉が届かない二人。

「風紀委員はまだ活動時間外よ」

自分にかかった火の粉を振り払った佳奈多さんは、我関せずだ。

「恭介っ」

僕は困って、恭介に助けを求める。

「…仕方ないな」

恭介が口を開く。

「おまえら、ちょっとは落ち着け」

「理樹の隣の席は二つしかない」

「二木が座れば真人が座れない。真人が座れば謙吾が座れない」

「そこでだ」

恭介の目が僕を真っ直ぐに見つめる。

「理樹が俺のヒザの上に座る、というのはどうだろう」

「「「「…………………………」」」」

「ええええええええええええええええええーーーーっ!?」

ただ自分の欲求を言っただけだった!!

「そんなんさせるかぁぁぁぁーーーっ!!」

「理樹、恭介の魔手が伸びてくる前に俺のヒザに飛び乗れ、急げ時間がない!!」

「いやいやっ!? 持ち上げないでよっ」

「ちょ、ちょっと!? 理樹に何してるのよっ!?」

「だーかーらっ、うっさぁぁぁーーーーーーーーーーいっ!」



――ドカッ、バキィ、ズガァァァッ!!



……佳奈多さん以外が鈴に蹴られた。

「…馬鹿やってないで、学校行くか」

「おー…」

「そうだな…」





――佳奈多さんはリトルバスターズと積極的に関る…というより、もうメンバーの一人だ。

「あの日」から。

活き活きとしている、という表現がピッタリだろう。

毎日が楽しそうで…見ている僕たちとしても嬉しくなるくらいだ。

まあ、みんなと接するときはいつも通りのしっかり者の佳奈多さんを通している。

僕と接するときも、人前では気を使っているようだ。

けど…佳奈多さんは僕と二人きりになると…。

二人だけの時間のことはみんなには絶対に秘密だし、僕たち二人がそんなに仲良しになっていることすら秘密だ。





――休み時間。

僕と女性陣(佳奈多さん除く)が教室に集まって話をしていた。

「わたしとしては、やはり恭介さんを推(お)したいと思います」

「けど、謙吾君だってモッテモテだよ〜」

話は、恭介と謙吾はどちらがカッコイイかの話になっていた。

「えー恭介くんのほうがカッコイイと思いますヨ、私は」

「ふむ、どちらも好みではないな」

「きょーすけは馬鹿だし、謙吾は馬鹿だな」

「リキはどちらがカッコイイと思いますか?」

「うーん、恭介は頼りになるし、その割には無邪気なところもあって…謙吾は奇行にさえ走らなかったらクールだし男らしいとは……」

「って、何言わせるのさっ!!」

「揺れる乙女心、ですね」

西園さんがニヤリとする。

「揺れてないし、乙女じゃないからっっ」

「ふむ、私からひとつ提案があるんだが…いいか?」

いいこと思いついた、といった顔をしている来ヶ谷さん。

「――ここ最近、二木女史の棘が抜けたとは思わないか?」

「そーいえばお姉ちゃん、このごろは私たちと一緒にいる時間が多いですネ」

「それに心なしか笑顔が増えた気がしますっ」

葉留佳さんとクドが嬉しそうな顔をする。

「だが…丸くなったとはいえ、彼女の難攻不落っぷりは依然健在だ」

「そこでだ」

口元を歪める来ヶ谷さん。

な、なんか嫌な予感がする。

「恭介氏、謙吾少年で二木女史にモーションをかけてもらい、彼女が良い反応を見せたほうがカッコイイとするのはどうだろう?」

「だ、ダメだよ、そんなのっ!」

ついつい大きな声を出してしまった。

「どうしたのだ、理樹君?」

やっちゃった…!

僕と佳奈多さんとのことは、秘密だったんだっ!

「あ、ほら…第一、佳奈多さんに迷惑だし…」

「……なるほど、直枝さん…そういうことですか」

西園さんがクフッと笑う。

「あ、いやっ…そ、そのっ」

「直枝さんは、意中の恭介さんと宮沢さんの心が二木さんに取られないか危惧しているのですね」

「ぶっ!?」

西園さんは、何か勘違いしていた!

「どうでもいいが、私は二木女史の恥じらいだ乙女の表情が見たい」

結局、来ヶ谷さんの目的はそこだった!

「ナイス姉御っ、私もお姉ちゃんのそーいう顔みたいーっ」

葉留佳さんまでノリノリだし!

「ふえぇ…かわいいって思っちゃった…」

「わふー…私もですー」

「…あたしも、きょーみある」

「ええええーっ!」

もう止められそうになかった!





――僕たちは草陰から謙吾と佳奈多さんをこっそり除いている。

「二木…少しいいか?」

「嫌よ」

「…………」

「…………」

瞬殺だった。

こちらも「あー、私たちのロマンチック大統領がー!?」と混乱気味だ!

「ま、待ってくれ、二木!」

あ、食い下がった。

「…何の用、早く言いなさい」

ため息混じりに謙吾と向き合う。

「愛について…語り合わないか?」

「………………」

謙吾に無言で近寄る佳奈多さん。

「はい、これ」

「ん?」

「朝、没収したのりたま」

「まさか、頭がおかしくなるほどショックだったなんて思わなかったわ」

そのまま佳奈多さんは歩き去った…。

「…………」

手に乗せられたのりたまを見つめる謙吾。

「み……」

「みんな見てくれっ! のりたまを、もらったぞぉぉぉーーーっ!!」

返してもらったのりたまを高らかに掲げながら、満面の笑みでこちらへ走ってきた!

「馬鹿ですネ」

「馬鹿だな」

謙吾を置いて、恭介が佳奈多さんを呼び出した場所へ向かうことにした。



――佳奈多さんがやって来た。

恭介には、何やらとっておきのセリフがあるらしい。

「二木…呼び出したのは他でもない」

「おまえに言いたいことがある」

「奇遇ですね。私も言いたいことがあります、棗先輩」

こちらでは「お、お姉ちゃん…奇遇ってもしやのまさかっ!?」とか「やはり二木さんは恭介さんのような方が…」と色めき立つ。

「おまえから先に言ってくれ」

恭介の熱い眼差しが佳奈多さんに向けられる。

「では、遠慮なく」

「ああ」

「そこの芝生は昼食時以外立ち入り禁止です。そこの看板にも書いてあるのが見えないのですか?」

佳奈多さんの言うとおり、恭介は芝生の上を待ち合わせの場所にしていた。

「あ、ああ…す、すまない」

「謝ってないで、そこから出てくれると嬉しいのですが」

……こちらでは「いきなり二木女史のペースだな」や「前より、注意が優しくなったよねー」と話している。

「――それで話とは何ですか?」

芝生から出た恭介に佳奈多さんが話しかける。

恭介が佳奈多さんを真っ直ぐに見つめる。

「二木…いや、佳奈多」

恭介の手が、佳奈多さんの肩に伸びる。

――ぺちっ

「気安く触ろうとしないでください」

「ぐっ」

恭介の手は佳奈多さんにはたかれ、虚しく空を切った。

「…で、何の用ですか?」

「聞いてくれ…」

「聞いています」

「い…」

「い?」

「一万年と二千年前から愛してるぅぅぅーーーーっっっ!!」

丸パクリだった!!

「………………………………はぁ」

佳奈多さんがあからさまに呆れている。

「寒いわ」

「寒いのか、なら俺の上着を――」

それでも頑張る恭介。

「寒いのは気温じゃなくて、棗先輩のセリフ」

「ぐはぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!!」

「遊ぶのは一向に構いません」

「ですが…くれぐれも人に迷惑をかけないように遊んでください」

「では、仕事がありますので失礼します」

去り際に佳奈多さんが振り返った。

「…ふん」

そのまま歩き去った。

「ぎゃあああああああああああああああああぁぁぁぁーーーっ!!」

頭を抱え、崩れ落ちる恭介。

「二木女史も随分と丸くなったものだな」

「前はお姉ちゃんから「遊ぶのは一向に構わないわ」なんて絶対に出ない言葉ですからネ」

「それに、以前であればここまで遊びに付き合ってくれませんでしたし」

身を捻りながら悶絶する恭介を余所に、来ヶ谷さんも葉留佳さんも西園さんも感嘆している。

「前はもっとぴりぴりしてたのに、何かいいことがあったんだね、きっと」

「佳奈多さんはお部屋でもとても優しくなったのですっ」

小毬さんもクドも嬉しそうだ。

「どうした、理樹? 顔が嬉しそうだぞ」

鈴が僕の顔を覗き込んでいる。

「うん、佳奈多さんが楽しそうで嬉しいんだ」

僕たちは本筋(恭介と謙吾のどっちがカッコイイか)を忘れ、佳奈多さんの話で盛り上がった。





――放課後。

家庭部部室で、クドと小毬さんと佳奈多さんとで勉強会をすることとなった。

「やっぱり冬はコタツなのです」

「コタツなのですーっ」

人差し指をピッと立て力説する小毬さんと、わふーっと手を挙げコタツに突撃するクド。

「コタツは日本の心ね」

僕の向かいに佳奈多さん、横に小毬さんとクドが入る。

「よぅし、がんばろーっ」

コタツの上に教科書とノートとコアラのマーチを置く小毬さん。

「少し…コアラのマーチをもらってもいいかしら?」

「はい、かなちゃん、どーぞ」

「どうも」

ぱくりとコアラのマーチを口に放り込む佳奈多さん。

「あのー、そのー……」

クドが佳奈多さんを見つめてモジモジとしている。

「どうしたのクドリャフカ?」

「はい…宜しければ、わからないところが出てきたら教えてほしいのです」

佳奈多さんがクスッと笑う。

「ちゃんと自分で考えて、それでもわからないときは教えてあげるわ」

「さんきゅー、なのですーっ」

その様子を見て、ついつい笑顔がこぼれてしまう。

「じゃ、じゃあ、始めましょうか」

うっすら頬を染めた佳奈多さんが、あわててノートと鉛筆を取り出していた。



――カリカリカリ……



開始からおよそ1時間。

最初は談笑をしていたが、今はみんな勉強に集中している。

「……ふぅ……」

顔をあげると、佳奈多さんが手持ち無沙汰そうにしていた。

恐らくやることはやってしまったのだろう。

今はクドも小毬さんもわからないところが出てきていないようだ。

僕も、もう一度顔を下げて勉強に取り掛かる。



――カリカリカリ……



――ちょんちょん、ちょんちょん、つんつくつん



「?」

コタツの中で、正座している僕のヒザがつんつんとされる。

これは……佳奈多さんの足だ。

――ちょんちょん、ちょんちょん、くにくに〜。

足の指で僕のヒザをつついたりクニクニしたりとイタズラしてきている。

――佳奈多さんは結構イタズラ好きで、構ってもらいたいときには時々こういうイタズラをしてくる。

この前もみんなで歩いているとき…こっそり僕の背中をつついて遊んでたっけ。

顔を上げて佳奈多さんを見る。

「この問題はなかなかの良問ね」

佳奈多さんはわざとそっぽを向いて、僕と目を合わせないようにしていた。

けど…。



――ちょんちょん、くりくり、つんつん



僕のヒザに足でイタズラをしては、



――ちらちらっ



横目で僕をチラッと見てくる。

う…「構って構ってオーラ」が全開だよ、佳奈多さん……。

もう、仕方ないなあ…。

僕はいったん勉強の手を休める。

…えいっ。

つついてきている佳奈多さんの足の指を摘まんだり弾いたりと、弄(いじ)って遊ぶ。

「♪」

佳奈多さんが嬉しそうに足をパタパタさせ、レスポンスを返してくる。

そんな様子が、いつもの佳奈多さんとギャップがあって……すごくかわいい。

そうしていると。

「あの、佳奈多さん」

クドが佳奈多さんに話しかける。

「…………」

「あのー、佳奈多さん」

「…………」

「佳奈多さんーっ」

そこでビクッとする佳奈多さん。

「ど、ど、どうしたのクドリャフカ?」

「あ、いえ、わからないところがあったので」

もう…佳奈多さんってばこっちに集中しすぎだから…。



――しばらくして。

「――あ、クーちゃん、そろそろ時間だよー」

「わふっ!? 危うく忘れるところだったのですっ」

「これから何かあるの?」

佳奈多さんが疑問を口にする。

「うんー、これから女の子みんなでお菓子を作るのです」

そういえばさっき、来ヶ谷さんたちが何か買いに出かけてたっけ。

「宜しければ佳奈多さんとリキもご一緒にどうですか?」

「私は…」

佳奈多さんが僕をチラリと見る。

「僕はまだ宿題が終わってないから、遠慮しておくよ」

「…私も遠慮させてもらうわ」

「そうですか」

「だったら、お菓子が出来たらメールするよー」

「ええ、お願い」

「クーちゃん、行こっか」

「今日こそ上手に作るのですーっ」



――パタンッ



クドと小毬さんが出て行って、佳奈多さんと二人きりになる。

「――二人とも行っちゃったわね」

「うん、終わったらご馳走になりに行こう」

「…そうね」

僕は宿題があと少し残っていたので続ける。



――カリカリカリ……



「二人とも、行ったわ」

「そうだね」

期待の篭った瞳が向けられる。

「私とあなた、この部屋に二人きりのようね」

「うん」

“二人きり”を強調する佳奈多さん。

「…………」

「今日は一段と冷えるわね」

「そうだね」

「この部屋も寒くないかしら?」

佳奈多さんの声が、甘さを帯びてくる。



宿題をしていると横からモゾモゾと音が聞えてきた。

佳奈多さんが僕の横に体をずらしたようだ。



――つん。つん。つん。

佳奈多さんが人差し指をピンと立てて、僕の二の腕をつついてきた。

そして。

――じぃぃーっ

僕を期待の目で見つめる視線を感じる。

その視線からは「はやく私に構ってよ」という声が聞えてきそうだ。

「………………」

ちょっとくらい、こんな佳奈多さんを堪能してもいいよね。

僕はイジワルをして気付かないフリをする。



――つん、つん、つん、じぃ〜〜〜〜っ

「………………」

構ってオーラを発している佳奈多さんの様子を横目で見ているが、ワザと反応しない。



――ちょん、ちょん、ちょん、チラッ

今度は、ノートに添えている僕の左手の指をつついたり摘まんだりして、僕の反応を窺っている。

「………………」

――ちょん、ちょん、ちょん、チラチラッ

一生懸命で…かわいい。



――つん。つん。つんー。

ほっぺたをつつかれた。

佳奈多さんを見ると。

「…………いぢわる」

ぷくーっと膨れていた。

「ごめんごめん」

ツン、とそっぽを向く佳奈多さん。

「わかってる?」

「私がどれくらい我慢してたか」

我慢していた割には、いろいろイタズラしてきていた気がする。

「じゃあ…」

ペンを置いて、コタツと僕の間にスペースを作る。

「くる?」

「もちろん」



――ぽふんっ



言い終わるか終わらないかのウチに、佳奈多さんが僕の胸に飛び込んできた。

「んんっ」

そして、僕の胸に顔をうずめて、きゅ〜っと腕が回される。

ふわりとミントの香りが広がる。

「……」

佳奈多さんが胸に押し付けていた顔を上げ、おねだりの目線を投げかける。

もう…ホント甘えんぼなんだから。

「いじわるしてごめんね」

「ううん」

佳奈多さんの頭を優しく撫でる。

潤んだ瞳を細め、その感触に身を委ねている佳奈多さん。

「溶けちゃいそう……幸せすぎて」

――そんな佳奈多さんはまるでビター・チョコレート。

いつもは固いけど、温めると溶けてゆく。

ほろ苦いけどとっても甘い。

大人だけど小さな子ども。

「佳奈多さんの髪、とってもキレイだね」

手入れの行き届いたサラサラの髪に指を通す。

「髪の毛いじってもらうのって、好き……」

柔らかな髪の毛を、指で弄(もてあそ)ぶ

背中に回された腕にキュッと力が入る。

佳奈多さん、とっても嬉しそう。



――髪の毛をいじっていると、佳奈多さんが手持ち無沙汰だったのか…顔を上げて僕を見つめる。

「どうしたの?」

ピンと人差し指を立てて、僕に向けた。

ちょっといじわるそうな顔つき。

「?」

そのまま人差し指を近づけてきて……。

「…鎖骨」



――つんつん、くにくにくに〜〜〜



鎖骨を人差し指でくにくにされたっ!

「く、くすぐったいよ佳奈多さんっ、だめっ、くすぐったいからっ」

「ダメ、我慢なさい」

――コリコリ、くにくにくに〜〜〜

ほっぺたを僕の胸にくっつけながら、立てた人差し指で僕の鎖骨をクリクリしてくるっ!

「わわわっ、ちょっ…くすぐった――うわわっ!?」

「きゃっ!?」

バランスを崩して、二人で倒れこんでしまった。

「もう…佳奈多さんってば」

「お返しよ、さっきの」



――ごそごそ…



そのまま二人でコタツの同じ場所に入って寝転ぶ。

「ん〜っ」

佳奈多さんが僕の腕に抱きついてきた。

手を僕の手に指を絡めて、しっかりと握っている。

「あったかいわ」

僕の腕に胸を押し当ててくる。

――トク、トク、トク……

佳奈多さんの心臓の音。

「聞える? 私の胸の音…」

「うん…」

「私の全てを知ってもらいたいの…心臓の鼓動まで…」

佳奈多さんが潤んだ瞳で僕を見つめている。

「佳奈多さん…」

彼女の溢れる想いが伝わってくる…。

「………………」

指を絡めている僕の手を、自分の顔の前まで寄せる佳奈多さん。



――ちゅっ



そのまま手の甲にソフト・キッス。

これは……佳奈多さんの「口にキスして」の合図だ。

まだ口に出して言うのは恥かしいらしい。

火照った眼差しでじっと僕を見つめている…。

「もう、本当に佳奈多さんは……」

…可愛いと思う。

僕は、空いているもう片方の手で佳奈多さんの頬をそっと撫でる。

「…んんっ…」

身をよじって反応する。

親指で潤んだ唇を優しくなぞる。

「…………」

火照った顔、潤んだ瞳で…佳奈多さんが僕を待っている。

「好きだよ……」



――ちゅっ



「……溶けちゃいそう……幸せすぎて」







――二人だけの誰も知らない秘密の時間。

誰も知らない佳奈多さんとの、甘い、甘いひと時。

これはそんなチョコレートみたいなお話。









←戻る